不思議なテイストの西部文学「シスターズ・ブラザーズ」を読む

シスターズ・ブラザーズ THE SISTERS BROTHERS
パトリック・デウィット著(2011年)
茂木健訳 東京創元社(2013年)

★もろにネタばれしてます。悲惨な場面についても言及しています。

1851年のアメリカ西部。殺し屋シスターズ・ブラザーズとして知られるチャーリーとイーライの兄弟は、ボスである「提督」の指令で、山師ハーマン・カーミット・ウォームを殺すため、オレゴン・シティからカリフォルニアまで、西部横断の旅に出る。
チャーリーは飲んだくれだが拳銃の腕がたつ、欲得勘定最優先の冷酷非情な殺し屋。語り手である弟のイーライはでいったん切れると見境がつかなくなるが、普段は心優しい巨漢の好漢である(ちなみに彼が西部劇ファンが先頃その死を惜しんだ名脇役、「続・夕陽のガンマン」で「醜い奴」を演じた俳優イーライ・ウォラックと同じ名を持つことは多分偶然ではないと思いたい)。
この二人も、彼らが道中出会う人たちもみんなどこか素っ頓狂でユニークである。
あらゆる稼業に手を出しては失敗を繰り返している歯医者、なぜかは知らないがでくわすといつも泣いている男、森の中の小屋に住むオカルトめいた老婆、サンフランシスコの町の虜となった鶏を抱えた裸足の山師、泥をとかした湯をコーヒーだと言って人に勧める山師などなど。通りすがりの町のボス、メイフィールドは罠にはめたシスターズ兄弟に逆に子分の猟師たちを殺され、身ぐるみはがれながらも、冷静沈着に兄弟と交渉をする。

二人はやがてサンフランシスコの町に到着する。物価のばか高さに閉口しながら、彼らは、提督が派遣した斥候役のモリスを宿泊先のホテルに尋ねるが、彼は提督を裏切り、ハーマンとともに砂金採りに出かけてしまっていた。モリスが残した日記から、二人は、ハーモンが砂金採りのための秘薬を発明したことを知る。その薬を川に撒くと、砂金がきらきらと光ってみえるようになり、採取がぐっと楽になるのだ。「光の川」を目指して、ハーマンとモリスは一獲千金の夢を追いかけ、やがてシスターズ兄弟も彼らに加わる。このハーマンがまた波瀾万丈の人生を歩んできた独特な男であり、一方、モリスは都会育ちのオシャレな紳士、二人の対照もおもしろい。
しかし、4人が大量の砂金を手にして大喜びしたのもつかの間、秘薬は恐ろしい劇薬だったため、ハーマンとモリスは薬の強烈な作用により体中が毒に侵されて(強い酸だったのではないかと思われる)凄惨な最期を迎える。兄のチャーリーも、命を落とすことはないが、利き腕の右手を失う。

このラストだけでなく、全編を通して、暴力と肉体的苦痛を表す描写が多い。イーライは、のっけから毒クモに足を刺され、虫歯をこじらせて痛い目に遭う。彼の馬タブは、熊に襲われて目を負傷し、手荒い治療で目玉をえぐり取られた末に、弱り果てて崖から落ちて死んでしまう。二人の母は暴力的な父によって腕をねじ曲げられ、母を助けようとしたチャーリーは実の父を撃ち殺した過去を持つ。
しかし、陰々滅々とした内容がてんこもりであるにも拘わらず、読後、いやなものを読んでしまったという不快感はあまりなく、いや、不快に感じる人もいると思うが、私はそうでなく、残るのは哀切の情ばかりだった。
それは、イーライの語り口のせいではないかと思われる。ハーマンは、イーライのことを「なかなかの詩人だ。」と言ったが、その通り、イーライのものの見方は、ハードボイルドでありながら、児童文学や青春小説に出てくる青少年の語り手のような多感さも持っている。イーライは、歯医者から歯ブラシをもらい、歯磨きの習慣を身につける。めったに風呂に入らず全身汚れにまみれて旅をしているであろう西部男が、歯磨きを覚えて口の中をさわやかにすることに喜びを見出す、このちぐはぐさがイーライの魅力である。メイフィールドの会計係の女性(名前はわからない)といい感じになって、朝、二人でぬかるみのある通りを手をつないで散歩するところなどは、とても詩的で初々しいし、幌馬車隊に置き去りにされた少年に砂金を分けてやって故郷に帰るよう促すところは読んでいてほっとする。が、反面、切れると手がつけられなくなる自分や人を殺しにいく段になると気分がやたら高揚する自分の性質を自覚しているし、提督と決着をつけに行く際も実に冷静である。
大衆娯楽小説だと思って手にしたのだが、読み始めてすぐ、これは文学じゃないかと思った。B級娯楽アクションの題材を扱った芸術作品というところで、映画で言うと、コーエン兄弟タランティーノに共通するものを感じる。歴然と文学なのに、あまりインテリくさくない。けれん味もあるのに、いやみじゃない。不思議なテイストの作品だった。

映画「ゴールデン・リバー」を見る(感想) - みちの雑記帳

シスターズ・ブラザーズ

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