話題の中国SF「三体」を読む(感想)

三体

劉 慈欣著 (リウ・ツーシン りゅうじきん) (2008)
監修:立原透耶
翻訳:大森望、光吉さくら、ワン・チャイ
早川書房(2019) (キンドル版購入)
※末尾に登場人物一覧あり

 ★注意! 物語の内容に触れています。「三体」を読んでいろいろ驚きたい人は、読む前にこの感想は読まない方がいいです! それともろに文系なので、理系的な解説はありません。★

 

 

 

 

話題の中国SF。異星人とのファースト・コンタクトを扱っている。
ファースト・コンタクトものというと、カール・セーガンの「コンタクト」もそうだが、主人公の内面のことが出てきて哲学的心理学的な要素が多かったりして、わたしとしてはそうしたことにさほど面白みが感じられずにいた。しかし、「三体」は、かなりぶっとんでいて、好きである。
でも、この小説はどうも一気にたくさん読めなかった。通勤電車の20分で少し読み進もうとしても読めない。前に読んだことを忘れているので、思い出すために読み返しているうちに電車が着いてしまう。休みの日にじっくり読もうと思っても、1章読むともうお腹いっぱいになってしまう。「三体」というヴァーチャルゲームの世界を描いた章がいくつかあるが、それぞれで短編をひとつ読み終えたような気になって、その日はその消化だけで終わってしまうといった感じだ。それでも、ようやく読み終わった。おもしろくないのではない。理解力の問題だと思うが、とにかくすいすい読めないのだ。

話は、文化大革命の時代から始まって、主人公のひとりイエ・ウェンジエの境遇が描かれた後、時代は一気に飛んで現代へ、そのあとまたウェンジエの過去の話に戻るなど、時代を行ったり来たりする。
ウェンジエは、理論物理学者の父親が文化大革命紅衛兵たちに糾弾され惨殺されるのを目の当たりにする。その後、彼女は天体物理学者としての能力を買われ、大興安嶺(だいこうあんれい)の山上にある謎の軍事施設紅岸基地でほぼ囚われの身となって仕事をすることとなる。巨大なパラボラアンテナがいくつも並ぶ基地は別名レーダー峰と呼ばれ、そこでは極秘裏にある計画が進められていた。それは宇宙人へのメッセージの送信であったが、宇宙からの返信はなかった。ある日、太陽のエネルギー増幅機能に気付いたウェンジエは、内緒で、強力に増幅されたメッセージを宇宙に向かって送信する。それから数年後、ウェンジエは、かつて自分が送ったメッセージに対する応答を受信する。彼女は、その応答に対し、すぐさま迷わずさらなる返答のメッセージを送る。この異星人からの応答とそれに対するウエンジエの返答が、そんじょそこらのSF小説にはみられないような、とんでもない内容で驚く。ウェンジエの異星人への返答は、文化大革命で惨劇を経験した彼女ならこうもするだろうと思わせるところもまたすごい。

一方、もう一人の主人公ワン・ミャオは、ナノマテリアルを開発する現代の科学者である。なにも知らない彼の視界に突然、謎の数字(ゴーストカウントダウン)が現れ出す。数字の正体を探る彼は、ある地球規模の危機について議論する国際会議に呼ばれ、科学境界(フロンティア)という学術協会への潜入を依頼され、境界の一員シェン・ユーフェイがプレイしていた謎のヴァーチャルゲーム「三体」にログインしてその世界を体感し、オフ会に呼ばれ、地球三体協会(ETO)の存在を知る。

タイトルの「三体」は、古典力学の「三体問題」から来ている。天体力学においては3つの天体が互いに万有引力を及ぼし合いながらどのように運動するかという問題で、18世紀中ごろから活発に研究されてきたが、超難問らしい。

メッセージを送ってきた異星人は三体人。三重太陽という非常に過酷な環境にある星の住人である。
ヴァーチャルゲームの「三体」は、その三体世界の周知のためにつくられたものであるが、本小説においては、何よりも、このゲームの強烈なイメージに圧倒される。広大無辺の不毛の荒野を舞台に、ピラミッド、巨大な振り子、地球の球体モデル、飛び交う飛星といった不可思議な物体が配置され、周の文王、墨子ガリレオニュートンジョン・フォン・ノイマン(数学者)、アインシュタインなど歴史上の人物が次々に現れて太陽の動きを解明しようとする。「恒紀」「乱紀」「脱水体」など異様な用語が出てくるが、中でも際立つのは、始皇帝が叫ぶ「計算陣形!」だ。「コンピュータ・フォーメーション」とルビが振ってあったが、ここは日本人なら「けいさんじんけい」と呼ぶべきだろう。(個人的には、映画「シン・ゴジラ」の「無人在来線爆弾」と同じくらいツボにはまってしまった。漢字の文化がある国に生まれてよかったとつくづく思った。)名称も去ることながら、三千万の兵でつくる三十六平方キロメートルに及ぶ人力のコンピュータ・マザーボードという発想が、途方もない。(この「計算陣形」は、中国SFアンソロジー「折りたたみ北京」に所収されている、同作家による短編「円」にも出てきて、円周率を求めるために始皇帝がこの陣形を利用する様子が描かれている。)
後の方で出てきた「古箏作戦」もまためちゃくちゃである。動く第二紅岸基地である船「ジャッジメント・デー」号から、異星人のメッセージを奪取するため、パナマ運河の隘路で超強力なナノマテリアルの糸を使って、この巨大船舶を攻撃するのだが、これがなんとも情け容赦のない力技の戦法なのだ。
さらに、高次元のものを低次元にするとものすごい容量を得られるという、読んでもよくわからない「智子」の理屈。(「スフォン」とルビがつくが、どうしても「ともこ」と読んでしまう。)

とにかく、スケールがでかい。訳者の大森望氏は、あとがきで「カール・セーガンの『コンタクト』とアーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』と小松左京の『果しなき流れの果に』をいっしょにしたような、超弩級の本格SF」と書いていて、それも重々納得だが、わたしとしては「完訳三国志」(「三国志演戯」の直訳)を読んで感じた大陸的な身も蓋もなさと、諸星大二郎の時空を超える伝奇マンガの不気味さと、量子論を扱ったいわゆるバカSFの荒唐無稽さなどが感じられ、さらに「沈黙の春」や地球温暖化などの環境問題も絡んでいて、いろんな分野を知っていればいるほど楽しめそうだと思った。
三部作だが、ひょっとして第一作が一番おもしろいのではないかという危惧がある。それを裏切って、さらに思いもかけない展開があることを願って、二作目三作目の翻訳を待つ。

<関連作> ※未翻訳
三体II:黒暗森林(2008)
三体III:死神永生(2010)

<登場人物>
葉文潔(イエ・ウェンジエ ようぶんけつ)天体物理学者 
葉哲泰(イエ・ジョータイ ようてつたい)理論物理学者 ウェンジエの父
紹琳(シャオ・リン しょうりん)ウェンジエの母
葉文雪(イエ・ウェンシュエ ようぶんせつ)ウェンジエの妹 紅衛兵
雷志成(レイ・ジーチョン らいしせい)紅岸基地政治委員
楊衛寧(ヤン・ウェイニン ようえいねい)紅岸基地最高技術責任者 ウェンジエの夫
汪淼(ワン・ミャオ おうびょう)ナノマテリアル開発者
楊冬(ヤン・ドン ようとう)ウェンジエの娘 故人
丁儀(ディン・イー ちょうぎ)楊冬の恋人 理論物理学
常偉思(チャン・ウェイスー じょういし) 作戦指令センター陸軍少将
史強(シー・チアン しきょう)通称大史(ダーシー) 警官
申玉菲(シェン・ユーフェイ しんぎょくひ)中国系日本人 物理学者 地球三体協会救済派
魏成(ウェイ・チョン ぎせい) 数学の天才でひきこもり ユーフェイの夫 三体問題に夢中
潘寒(ファン・ハン はんかん) 地球三体協会降臨派
マイク・エヴァンズ 地球三体協会降臨派の中心人物
スタントン大佐 アメリ海兵隊 古箏作戦指揮官

 

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