中華SF三部作の二作目「三体Ⅱ 黒暗森林」を読む

三体Ⅱ 暗黒森林
劉 慈欣著 (リウ・ツーシン りゅうじきん) (2008)
監修:立原透耶
翻訳:大森望、立原透耶、上原かおり、泊功
早川書房(2020) (キンドル版購入)

★物語の内容に触れています。注意!★

 

 

やっと読了。1作目は、そこそこのスピードで読み進められたのだが、本作はなかなか読めなかった。つまらないわけではないが、動きが少なくて地味な頭脳戦が大半をしめるうえに、専門用語が多くて概念をつかむのに時間がかかったということが大きいと思う。また、主人公の羅輯(ルオ・ジー)の理想の女性との恋物語にほとんど興味をそそられなかったこともあったと思う。メモを取りながらの読書は勉強してるみたいでなかなかめんどうだった。どこかに書いておかないとまた忘れてしまうので、少々長くなってしまったが、内容を書き留めておく。(後の方に年譜、用語、登場人物のメモを添付)

SF小説でめんどうなのが、その中だけでしか通用しない用語を覚えなければならないことだ。漢字表記にカタカナやアルファベット3文字(組織の略語など)のルビが振ってあったりするのだが、この小説に出てくる用語は漢字表記のものも多く、字面を見るだけで楽しいものも多い。表題の「黒暗森林」とか「精神印章」とか「星艦地球」とか味わい深い。

前半の「面壁計画」については、これも名称はなかなかおもしろい(達磨の故事からきているらしい)。地球人の言動はすべて智子(ソフォン)を通して、三体人に筒抜けである。が、三体人はうそがつけない。発言イコール真実である。が、地球人はうそがつける。ということで、選ばれた「面壁者」が対三体人作戦を各々の胸の内に秘めたまま推し進めるという、全世界公認の作戦計画である。しかし、三体協会はそれぞれの面壁者に対して「破壁者」を送り込み、計画の中身を暴かれた面壁者の計画はそこで破綻する。
4人の面壁者たちは、それぞれ作戦を進めていく。元アメリカ国防長官タイラーの蚊群と呼ばれる水爆特攻隊計画や元ベネズエラ大統領ディアスの特大核爆弾を使った太陽系惑星連鎖爆発計画の真意は破壁者に見破られてしまう。
脳科学者ハインズによる脳の開発研究はそれを達成するための技術力が追い付かずにとん挫するが「精神印章」という意識改造マシンを生み出す。これは地球文明よりずっと進んだ技術を持ち圧倒的に優位な三体軍との戦いにあたって敗北主義や逃亡主義に陥る者が増える中、マシンによって人の意識を操作し、地球は勝つという信念を人々に抱かせるもので、自ら望んだ者のみが「信念センター」で処置を受け、処置を受けた者は「刻印族」と呼ばれる。ハインズは、科学技術の発展を待って長期冬眠に入る。
4人目の面壁者が社会学者の羅輯(ルオ・ジー)だが、彼は愛する女とともに北欧の森と湖に囲まれた別荘で優雅な田舎生活を楽しむ。やがて、何かに気付いた彼は、ある星に「呪文」をかけるが、彼の命を狙う三体協会が送り込んだDNA誘導式生物兵器によって重篤状態に陥り、こちらも長期冬眠に入る。(このDNA誘導式生物兵器がすごい。普通の人々には軽いインフルエンザのような症状を発症するだけだが、特定のDNAを持った人にだけ致命的な攻撃をするウィルスで、暗殺にはもってこいの秘密兵器なのだ。さらに冬眠から目覚めた羅輯(ルオ・ジー)は、はるか昔に仕込まれた暗殺プログラムによって様々な殺人現象によって命を狙われたりもする。)

物語が始まってから202年後、ハインズと羅輯は、200年の眠りから目覚める。それは三体艦隊の最初の探査機が木星に近づきつつあるときであった。

面壁者の言動と並行して、中国海軍の軍人掌北海(ジャン・ペイハイ)の半生も描かれる。中国海軍政治委員だった彼は、未来増援特別分遣隊として人工冬眠によって未来へ送られる。危機紀元200年代、地球は地上の国々からなる地球インターナショナルと、宇宙艦隊からなる艦隊インターナショナルのふたつの行政群に分かれ、艦隊はひとつの国家のような存在となっている。冬眠から目覚めた掌北海は、205年にアジア宇宙艦隊戦艦<自然選択>の艦長代理となって、敵探査機を迎えるべく、木星近くの待機域に向かう。精神印章を受けずに地球軍の勝利を信じて戦いに挑む彼は、生粋の古き軍人として205年には稀有な存在となっている。
宇宙船内部の部屋は、すべて球形になっているのが興味深かった。(これは宇宙は円運動からなるという中国の易の陰陽思想にある太極の概念を思わせる。)

ここにきて(全体の終わり3/4くらいで)、やっと壮大な宇宙戦が展開する。200年の間には状況も変わり、自分たちは優位にあると余裕しゃくしゃくとなっていた地球人だが、地球の宇宙艦隊は三体艦隊から先行して木星近くに到着したたった一機の小さな探査機から思わぬ猛攻を受ける。「水滴」と呼ばれる探査機は、水滴型の優美な形をしている小型機だが、あっという間に2000隻からなる地球の宇宙艦隊をほぼ壊滅してしまう。そのすさまじさに度肝を抜かれる。密集して平らな長方形に並んだ艦隊への攻撃は、さながら、「三国志演戯」における赤壁の戦いでの呉軍の攻撃のようである。連環の計により、密集して互いにつながりあっていた曹操軍の船団は、散り散りに逃げることがかなわず、壊滅状態になるのだ。

逃げ延びた宇宙戦艦は、たった7隻、しかし、これらの戦艦の行く手にも残酷な未来が待ち受けている。この暗黒へまっしぐらの怒涛の展開に、漸く気持ちが沸き立ってくる。タイトルの「黒暗森林」の意味、これまで宇宙において他の知的生物がなぜ発見されなかったか、「猜疑連鎖」「文化爆発」という葉文潔が羅輯(ルオ・ジー)にほのめかした宇宙社会学の理論(彼女ならではの発想だ)が明かされる段になると、底なしの暗黒の渕が見えてくるようで、ぞくぞくする。(これは、これまで未来からきた人物など一度も見たことがないのでタイムマシンは存在しないのではないかという時間旅行の話の謎にも適用できそうな気がする。)

でも、それまでがとにかく長い。間に200年の時が流れ、あいかわらずスケールの大きさを感じさせ、細部にはもろもろの秀逸のアイデアが光るが、面壁者それぞれの計画や、掌北海(ジャン・ペイヘイ)の思惑や、羅輯(ルオ・ジー)の呪文など、撒いた種の芽が出るまでが長い。おもしろいが、わたしにとっては忍耐が必要な読書だった。

<年譜>
危機紀元(危機元年=西暦201×年)
1部 面壁者 危機紀元3年(三体艦隊到着まであと4・21光年)、
2部 呪文  危機紀元8年(同4・20光年)、12年(同4・18光年)、20年(同4・15年)ディアス、ハインズ冬眠からめざめる、ディアスの計画さらされ撲殺
3部 黒暗森林 危機紀元205年(同2・10年)、208年(同)2・07年)

<用語>
・地球三体協会(Earth Three-body Organization, ETO)
・宇宙社会学:二つの公理
 1. 文明は生き残ることを最優先とする。
 2. 文明は成長し拡大するが、宇宙の総質量は一定である。
 *二つのキーワード 「猜疑連鎖」と「技術爆発」
・智子(ソフォン。一個の陽子で造られた三体文明のスーパーコンピュータ) 
・惑星防衛理事会(PDC
・面壁者、破壁者
ハッブル望遠鏡Ⅱ(ハッブル望遠鏡が超高性能化された宇宙天体望遠鏡)、
・斑雪(「はだれゆき」と読む。地球に向かってくる三体艦隊の軌跡をその見た目からこう呼ぶ。)
・天梯Ⅲ(ティアンティ。地上と宇宙空間の施設をつなぐ軌道エレベーター、3機あるうちの1機)、
黄河(ファンフー)宇宙ステーション
・敗北主義、逃亡主義
・DNA誘導式生物兵器
・精神印章(メンタルシール)、信念センター、刻印族
・大峡谷(羅輯(ルオ・ジー)らが人工冬眠中に起こったらしい大恐慌のような不景気時代)
・地球インターナショナル、艦隊インターナショナル(三大艦隊:アジア艦隊・北米艦隊・欧州艦隊)、太陽系艦隊連合会議(SFJC):SFJCは、艦隊インターナショナルにおける地球の国連のようなものである。
・深海状態(宇宙艦隊の戦艦が超高速に入る際に、乗務員は衝撃を和らげるため特殊な液体の中で眠った状態となる。「水滴」の攻撃により深海状態に入る前に超高速運転に入った艦内では、乗務員たちのむごたらしい死にざまが情け容赦なく描かれる。)
・星艦地球(地球に戻ることが叶わず、目的地となる久遠の異星を目指して宇宙旅行を続ける宇宙艦内の「地球」。乗務員たちは艦内を生涯生活の場とし、何世代も生きていくこととなる。)

○三体の探査機「水滴」の攻撃から逃れた宇宙艦隊戦艦
・<自然選択><藍色空間(ブルースペース)>:アジア艦隊、<企業(カンパニー)>:北米艦隊、<深空(ディープ・スカイ)>:アジア艦隊、<究極の法則(アルティメット・ロー)>:ヨーロッパ艦隊→<藍色空間>
・<量子><青銅時代>:アジア艦隊→<青銅時代>

<登場人物>
〇Ⅰから登場
・葉文潔(イエ・ウェンジエ ようぶんけつ):天体物理学者。のちに地球三体協会総司令官
・史強(シー・チアン しきょう)通称大史(ダーシー):元警官。Ⅱでは羅輯の警護官で、彼の唯一の友人兼理解者となる。
・常偉思(チャン・ウェイスー じょういし):作戦指令センター陸軍少将
・マイク・エヴァンズ:地球三体協会降臨派の中心人物。「主」と交信可能。
・丁儀(ディン・イー ちょうぎ):葉文潔の亡くなった娘楊冬の恋人だった理論物理学者。制御核融合技術研究者で、205年の「水滴」調査に加わる。
〇Ⅱから登場
・羅輯(ルオ・ジー らしゅう):天文学から社会学へ転向した学者。面壁者。
・荘顔(ジュアン・イエン そうがん):中国画専攻の学生。羅輯の夢の恋人から妻となる。
・セイ:国連事務総長
・ガラーニン:惑星防衛理事会議長
フレデリック・タイラー:もとアメリカ国防長官。面壁者。
・マニュエル・レイ・ディアス:前ベネズエラ大統領。面壁者。
・ビル・ハインズ:脳科学者、もと欧州員会委員長。面壁者。
・山杉恵子:ノーベル賞受賞の脳科学者。ハインズの妻。
・章北海(ジャン・ペイハイ しょうほっかい):中国海軍政治委員、未来増援特別分遣隊として人工冬眠。205年では<自然選択>艦長代理。
・呉岳(ウー・ユエ ごがく):中国海軍空母艦長
・常偉思(チャン・ウェイス じょういし):初代宇宙軍司令官
・張援朝(ジャン・ユエンチャオ ちょうえんちょう):退職した化学工場労働者。老張(ラオジャン)
・楊普文(ヤン・ジンウェン ようしんぶん):退職した中学教師。老楊(ラオヤン)
・苗福全(ミアオ・フーチュエン みょうふくぜん):山西省の石炭王
〇危機紀元205年・アジア艦隊
・東方延緒(ドンファン・イェンシー とうほうえんしょ):宇宙艦「自然選択」艦長
・藍西(ラン・シー らんせい):<自然選択>主任心理学者

 

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