中華SF三部作の完結編「三体Ⅲ 死神永生」を読む(感想)

三体 Ⅲ 死神永生
劉 慈欣著(2010)
大森望、ワンチャイ、光吉さくら、泊功訳 ハヤカワ書房(2021)

★後の方にあらすじを書いています。ネタバレしてます!★

 

中華SF三部作の最終話。
前2作は地球と三体世界との話だったが、第3作はもはや2つの星の間の戦争と平和の枠を大幅にはみ出し、文字通り次元を超えて宇宙の興亡にまで及ぶ、壮大なバカSFとなっている。

「三体Ⅰ」を読み終わったときに、三部作ではあるが、ひょっとして一番面白いのはⅠかもしれないという予感がした。私の感想としてはそれは確かに的中してしまったのだが、だからといって後の2作が面白くなかったということではない。たとえて言えば、映画「ジュラシック・パーク」シリーズで、生きている恐竜をタイムトラベルでなく「今」この時代に復活させ、ゆうゆうと動く姿を初めて目の当たりにしたときの驚き、わくわく感が飛びぬけていたように、Ⅰにおける突拍子もない異星人とのやりとり、壮大すぎる物語の規模など、「三体」シリーズ全体を貫く斬新さに度肝を抜かれたということだと思う。「黒暗森林」も「死神永世」もその稀有な物語を受けて、さらに予想外の強烈な事態が一転二転して展開していき、ついていくのが大変だった。

登場人物についていえば、やはり最も強烈なのは、「三体Ⅰ」で登場した葉文潔(イエ・ウェンジエ)だろう。それに比べると本巻の主人公程心はだいぶ普通だ。彼女のような若い娘に地球の、ひいては宇宙の存在の責任を負わせると言う発想は、筆者は美女に恨みでもあるのかと思うくらい酷な話だが、それにしても彼女は常に受け身で精彩に欠ける。
程心のファンで、ずっと彼女に付き従うAAの方が個性的で愛らしく、また、ある時はたおやかな和服美人、ある時は非情な戦闘員(迷彩服に身を包み、騒ぎを起こす保留地の地球人を日本刀で袈裟斬りにぶった切る)として姿を現す智子(ソフォン)制御による人型ロボット「智子」(ともこ)の方がよほど魅力的である。
唯一成功した面壁者であり最初の執剣者である羅輯は、地球興亡の鍵を握ることから身を挺して地球を守っているにも関わらず人々から嫌われ、凡庸だけど若くてきれいな程心はみんなから好かれ愛されているというなんとも皮肉な事態が示されるが、世の中そんなものかもしれないと思わせ妙に説得力がある。百歳を超える白髪の老人羅輯は、すべてを受け入れ、仙人のようになっている。

「死神永生」は、上巻だけでめまぐるしく「紀元」が変わり、読む方も、程心と同様に百年単位のタイムスリープをして、変貌する時代の要所要所を垣間見るだけなので、二転三転する展開とその都度出てくる新しい概念になかなかついていけない。語り口も歴史の教科書のような筋立てだけの文章が続き、合間に語られるものとしては、危険な男トム・ウェイドと程心の会話や、和服美人のときの智子(ともこ)とのお茶会や、「藍色空間」と「万有引力」の不可思議な異次元体験、オーストラリア移民計画の悲惨な状況などが印象に残る。下巻は、最初に天明と程心との面会があり、そのあとけっこうな分量で天明のおとぎ話が語られ、下巻後半は、掩体世界の様子や冥王星の「博物館」での羅輯と程心との最後の会話、宇宙空間に出現した小さな「紙」から始まる突拍子もない宇宙の二次元化、DX3908星系への旅、さらにそこからの1890万年未来への旅、そして宇宙の終焉と、ダイナミックな展開が駆け足で語られる。

天明と程心は、結局直に再会することがかなわなかった。三体人がどんなビジュアルだったのかもわからずじまいである。

どうも小説としてのバランスはうまく取れてないように思えるのだが、そんなことは大した問題ではないと思って読み進めてしまうのは、やはり、この身も蓋もないとも言える、はかりしれない壮大なスケール感のせいだろう。

 

<あらすじ> 
第2作「黒暗森林」のラスト、羅輯(ルオジー)の活躍によって、地球は三体人の襲撃を回避したが、本作はそれよりちょっと前の時代から始まる。
以下にざっと流れを記す。
(※覚えていることを書いたので、抜けている部分もいろいろあるかと思います。大雑把なところとやけに細かいところがあるのは、自分で覚えておきたい細部にこだわったためです。)

●階梯計画
プロローグ的なビザンチン帝国の崩壊の際に現われた空間移動する謎の女性についてのエピソードの後、時代は危機紀元初期、面壁計画と並行して進められた「階梯計画」についての経緯が語られるところから「死神永生」は始まる。
PIA(国連惑星防衛理事会戦略情報局)長官のトム・ウェイドは、三体艦隊に地球人のスパイを送り込むための計画を進め、技術企画センター室長補佐となったばかりの新米女性アシスタント程心(チェン・シン)の提案を受け入れる。しかし、人ひとりの重量を送ることは技術的に不可能なことから、トム・ウェイドは「脳」だけを送ることを思いつく。脳を選ばれたのは、不治の病に罹り余命いくばくもない青年、雲天明(ユン・ティエンミン)。
程心にとって彼は大学時代の知り合いの一人だったが、天明はずっと程心に片思いをしていた。人づきあいが苦手で孤独な青年だった彼は、過去のアイデアを買われ思いがけない大金を手に入れると、匿名で程心に恒星(DX3906)をプレゼントする。程心は贈り主不明の巨額のプレゼントをなんの抵抗もなくありがたく受け取ったが、それが天明であることを知るのはずっと後になってからのことだ。ただ知り合いだということで程心は深く考えもせず天明を階梯計画の候補者に推薦し、天明は異星人たちに捕獲された脳だけの自分がどんな目に遭わされるのだろうという深い恐怖を抱き、自分を推薦した程心の真意を測りかねつつも、愛する程心の意向を受け入れ、階梯計画への参加を承諾する。が、天明(の脳)を乗せた階梯探査船は宇宙に送り出された後、事故で軌道を外れ、行方不明となってしまう。程心は、階梯計画を知る人物として未来で必要とされるときまでタイムスリープすることとなる。

●執剣者の交代と抑止紀元の終わり
それから260余年後の抑止紀元61年、程心はタイムスリープから目覚める。時代は「抑止紀元」に入り、三体人との文化交流が進み、人類は平和な時代を送っていた。程心のファンだという若い女性艾AA(あい・えいえい)が、彼女の世話をして抑止世界を案内する。彼女はこのあと永きに渡ってずっと程心に寄り添うこととなる。平和な世界では、男性は女性化して美しくやさしくなっていた。程心の知る「男」は、タイムスリープから目覚めた彼女と同時代の男たちだけだった。が、その平和は、羅輯が「執剣者」となり、「三体」の位置を全宇宙に向かって送信するための重力波装置のスイッチをいつでも押すことができる立場にいるからという、危うい均衡の上に成り立っていた。ボタンを押せば三体世界は暗黒森林攻撃によって破壊されるが、同時に地球の位置も全宇宙に知られることとなり、いずれ地球も破壊されることとなる。長い目でみれば共倒れだが、そうなるのは何百年も先のこと、少なくとも今生きている人々は平和な時代に一生を終えることができるのだ。
その羅輯も百歳を超え、「執剣者」の交代の時期に来ていた。程心はトム・ウェイド他旧世代の男性の候補者たちを退け、地球の人々から望まれて新しい執剣者となる。が、彼女が執剣者になるやいなや、三体世界は襲撃を開始する。羅輯は抑止解除の重力波送信ボタンを押す可能性が大きかったが、若く心優しい程心に(260年のタイムスリープを経たとはいえ彼女は実年齢20代後半の女性である)ボタンは押せないだろうという可能性に、三体人は自分たちの運命を賭けたのだった。その決断は功を奏し、程心はボタンを押せないまま、三体人の攻撃が始まり、地球上と宇宙空間に配備された重力波送信装置は「水滴」により、破壊されてしまう。三体人は地球を支配下に置き、艦隊到着までにほとんどの地球人をオーストラリアに移住させ、地球人保留地とする計画を進める。

万有引力と藍色空間、四次元世界との接触重力波の送信
一方、宇宙空間には2つの宇宙戦艦が存在していた。終末決戦で生き残り暗黒戦争を経て地球を捨て、新たなる居住星を求めて宇宙を行く<藍色空間>とそれを追う<万有引力>の2艦だ。2つの宇宙船は四次元世界との接触という稀有な体験をする。
程心が執剣者となり、2艦に向けて発射された「水滴」はしかしその進路がわずかに逸れ、2艦は破壊を免れる。<万有引力>には重力波送信装置が組み込まれており、唯一残った装置から三体世界の位置が全宇宙に向けて送信される。

●送信紀元
送信紀元3年に三体世界は暗黒森林攻撃によって破壊される。
送信紀元7年、雲天明と程心はリモートで会合する。階梯計画で宇宙をさまよっていた天明の脳は、三体艦隊(故郷の星を発ち地球に向かっていたため破壊を免れた三体人たちが乗っている)に収容された。天明は、彼らによってクローンの身体を与えられ、程心が階梯探査船に入れておいた小麦などの植物の種から食料を得て、個体の人間として再生していた。
三体人による厳しい検閲の中、天明は人類が生き延びるための方法を伝えようとして、程心にあるおとぎ話を語る。それは「王宮の新しい絵師」「饕餮(とうてつ)の海」「深水王子」の3つの物語からなり、「ホーアルシンゲンモスケン」という奇妙な響きの国の名が何度も繰り返し出てきた。専門家による解読は難航したが、程心は、天明が程心との思い出の紙の船から、曲率推進(空間を折る技術)を利用した光速宇宙船の開発を示唆していることを悟る。人類は、将来起こるであろう「攻撃」に対し、生き延びるため3つの対策、暗黒領域計画、光速宇宙船プロジェクト、掩体計画を検討していた。暗黒領域計画は、ブラックホールの中に地球自ら立てこもり、外界との接触を断ってその中だけで生きること、光速宇宙船プロジェクトは、光速航行技術を開発し選ばれたものが宇宙船で地球から遠く離れて程心の星DX3906の星系を目指す計画で天明が示唆したものである。トム・ウェイドはこの計画を進めるが、程心はこれを阻止する。結局、人類は掩体計画を選択する。掩体(えんたい)とは敵の攻撃を防ぐ突起物のような設備のこと。地球、火星、木星など惑星の陰となる宇宙空間に宇宙都市を建設し、暗黒森林攻撃をかわす計画である。

●掩体紀元
掩体紀元には、それぞれの掩体エリアにいくつもの華やかな宇宙都市が作られていた。
しかし、三体世界を破壊した方法と違い、太陽系の破壊に使われた暗黒森林攻撃は、「低次元化」だった。3次元世界はぱたぱたと2次元世界に折りたたまれていく。程心とAAは、冥王星近くの宇宙空間で宇宙船「星還」から太陽系が「二次元崩潰」によって壊滅していく様を目にする。

●DX3906
二人は、「星還」で天明が程心にプレゼントしたDX3906恒星系に飛ぶ。天明との面会の際、二人はそこでの再会を約束したのだ。しかし、二人がDX3906の2つの惑星のひとつプラネット・ブルーに降り立ったとき、そこにいたのは<万有引力>の乗組員で宇宙研究者の関一帆(グァン・イーファン)だった。監視惑星がアラームを発したため、程心と一帆はAAを残して、光速宇宙船ハンターでもう一つの惑星プラネット・グレイの偵察に飛び立つ。すぐ戻るつもりが、これがAAとの永遠の別れとなる。プラネット・グレイで二人は、「帰零者」(ゼロ・ホーマー、あるいは再出発者(リセッター))が作り出した巨大な真っ黒な5本の柱、デス・ライン(光速航行の航跡)を見つける。<ハンター>でブルー・プラネットの軌道上に戻った二人は、地上のAAから天明の来訪を知らされる。シャトルに乗って降下しようとしたとき、デス・ラインの乱れが二人を取り込む。シャトルの外では時間が一千万倍の速さで進み始める。
二人はシャトルの中で冬眠し、目覚めたとき、シャトルの時間数値は18906416年を指していた。
デス・ラインの乱れは天明の乗った光速船がDX3906を訪れたために生じたものだった。AAと天明の二人はそこで命を全うした。程心と一帆は1890万年後に、プラネット・ブルーの地中に埋まった岩に彫られた文字によってそれを知る。AAが遠い未来の程心に向けて送った手紙、AAと天明は、石に刻んだ文字という最も耐久性のある伝達手段を選んだのだった。
やがて、膨大な種類の言語による「通信」が全宇宙に向けて送られる。宇宙の終焉を告げるメッセージだった。

 

<紀元と西暦>
地球:危機紀元 201X年~2208年
抑止紀元 2208年~2270年
抑止紀元後 2270年~2272年
送信紀元 2272年~2332年
掩体紀元 2333年~2400年
銀河紀元 2273年~不明
DX3906星系:暗黒領域紀元 2667年~18906416年
宇宙♯647時間線:18906416年~

<登場人物>
程心(チェン・シン):航空宇宙エンジニア。PIA技術企画センター室長補佐・航空宇宙技術アシスタント、2代目執剣者。
羅輯(ルオジー):唯一成功した面壁者。執剣者。
トム・ウェイド:PIA長官。2代目執剣者の候補のひとり。犯罪者。光速宇宙船プロジェクト推進者
ミハイル・ヴァデイモフ:PIA技術企画センター室長
天明(ユン・ティエンミン):程心の大学時代の同級生。階梯計画要員。
フレス:アボリジニの老人
艾AA(あい・えいえい):天文学博士課程大学院生 → 星環グループCEO 
ジョゼフ・モロヴィッチ:<万有引力>館長
ウェスト:<万有引力精神科医
関一帆(グァン・イーファン):<万有引力>民間の宇宙論研究者
ジェイムズ・ハンター:<万有引力>調理管理官
猪岩(チュー・イェン):<藍色空間>艦長
曹彬(ツァオ・ビン):執剣者候補。理論物理学者。
アレクセイ・ワシリンコ:太陽系連邦宇宙軍中将。<啓示>第一探査分隊指揮官
白Ice(バイ・アイス):理論物理学者。<啓示>第一探査分隊技術責任者
高Way(ガオ・ウェイ):環太陽加速器ブラックホール・プロジェクト最高科学責任者
智子(ヂーヅー、ちし、ともこ):三体世界から送り込まれた、智子(ソフォン)に制御される人型ロボット

 

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