フランスの小説「異常(アノマリー)」を読む(感想)

異常(アノマリー L’Anomalie
エルヴェ・ル・テリエ著(2020)
加藤かおり訳 
早川書房(2022)
★後半、ネタバレあります!!★

フランスのSF小説で、ゴンクール賞というフランスの文学賞受賞作。朝日新聞の書評で知って、図書館に予約していたのだが、貸出の順番が回ってきたのが約3カ月後だった(ちょっと小説の内容とかぶるかも)。
SFといっても科学小説というよりは、「世にも奇妙な物語」の長編フランス文芸小説版といった感じ。243人の乗客・乗務員を乗せたパリ発ニューヨーク行きの航空機エールフランス006便は、突如発生した異常に大きな積乱雲を避けきれず、ものすごい乱気流に巻き込まれる。機内は騒然とするが、雲は突然消え、飛行機は無事ニューヨークに着陸する。しかし、それから3カ月後、世にも異常な現象が発生する・・・。
紹介文では、乗客のうちの3人が主な登場人物のように書かれているが、実は3人ではすまない。前半は、飛行機に乗っていた人たちが次々に10人ほど登場する。それぞれについて人となりや今ある状況を説明していき、彼や彼女のことがわかったと思うと、次の人に代わっていくので頭の切り替えがたいへんで一体何人出てくるんだと、少々めんどうくさくなる。
殺し屋ブレイクが最初なので、出だしはハードボイルドな犯罪小説のようだが、彼が目立つのはほぼ最初だけである。次は、売れない小説家のミゼル。そしてシングルマザーの映像編集者リュシーとその年上の恋人で初老の建築家アンドレ。デイヴィッド(最初は彼がパイロットであることは明かされない)。カエルをペットにしている7歳の少女ソフィアとその家族。アフリカ系アメリカ人の弁護士ジョアンナ。歌手のスリムボーイ。女優志願の若い女性アドリアナ。さらに乗客ではないが、事態に対処するために呼ばれた確率論研究を専門とする学者エイドリアンと数学者のティナの話も加わる。
異常現象は、国の機密事件となって「プロトコル42」と呼ばれる作戦が発動される。アメリカの国家軍事指揮センターの将軍(シルヴェリア)やFBI心理作戦部特別捜査官(ブドロスキー)、国家安全保障局NSA)のデジタル監視責任者(ミトニック)などが登場して対応にあたる。アメリカ大統領は明示していないが、トランプ氏らしく、そう思って読むとおもしろい。
とにかく、前半の人物紹介が長く、異常現象が現れてからもこの物語は一体どこに着地したいのかわからず、五里霧中で読み進むような感じだった。
以下ネタバレです。

異常現象とは、006便が無事着陸した3か月後、同じ機が同じ乗客・乗務員243人を乗せて、突如ニューヨーク上空に現れたことをいう。つまり243人の人間がダブって存在することになるのだ。3月に普通に飛行機から降りて日常生活を続けている乗客たちはマーチ、3か月後の6月にに突如現れた第二の同人物たちはジューンと呼ばれる。3カ月の間に、ある者は自殺し、あるものは病の宣告を受けて死を迎えつつあり、ある者は恋人と別れ、ある者はこどもを身ごもり、ある者はスターになっている。自分が2人いたらどうなるか、考えられる様々な例を示していく思考実験みたいな展開になるのかと、後半もだいぶ過ぎてわかってくる。そうした異常現象に対応できない人々のマーチとジューンに対する不寛容な言動や悲惨な事件も描かれる。
殺し屋もの、恋愛もの、家族もの小説の要素がふんだんでわかりやすいが、哲学的で文学的である。ミゼル・マーチが自殺前に書いて大ヒットした小説が「異常」、そのあとミゼル・ジューンが構想中の「冬の夜二百四十三人の旅人が」は、登場人物が多すぎる、これでは読者がついてこない、もっと簡潔にしてずばっと核心に切り込んでよ、と編集者のクレマンスに言われるが、「遊び心にあふれて」いるミゼルは意に関せずといったところ。まさに私が前半読むのが面倒になった事態に合致する(こうゆうのをメタ発言というのだろうか。)そうした知的なユーモアも含め、好きな人には好まれそうである。おもしろいが、わたしにとっては珍味だった。