映画「すずめの戸締り」を見る(感想)

すずめの戸締まり
2022年 日本 公開:東宝 アニメ 121分
監督:新海誠
声の出演:岩戸鈴芽(原菜乃華)、宗像草太(松村北斗)、岩戸環(深津絵里)、海部千果(花瀬琴音)、二ノ宮ルミ(伊藤沙莉)、芹澤朋也(神木隆之介)、岩戸椿芽(花澤香菜)、宗像羊朗(松本白鸚、ダイジン、サダイジン

 

★ネタバレしてます!!

 

 


日本各地にある廃墟に突然現れる謎の扉。
扉の向こうの「後ろ戸」は「常世」の世界で、扉が開くと「ミミズ」が現れる。ミミズは災害の予兆で、赤黒い雲のように村や町の上空に広がるが、人々の目には見えない。鍵を持つ「閉じ師」の青年が扉を戸締りすることで、ミミズは消え、災害の恐れはなくなる。
九州の宮崎で叔母の環と暮らす高校2年生のすずめは、廃墟で「西の要石」を抜いてしまい、そのせいで扉が次々と開き、ミミズが出現することに。西の要石は、ダイジンと呼ばれる猫に姿を変え、すずめになつき、閉じ師の草太を魔法でイスに変えてしまう。そのイスは、すずめが幼い時、母に作ってもらった誕生日のプレゼントで、脚が一本かけて3本足の不安定な状態になっている。ミミズは何匹もいるわけではなく一匹が日本の地下を這いずっている。逃げるダイジンを追うイスの草太を追うすずめは、行く先々の廃墟に現われる扉を戸締りしてミミズを消すが、すぐまた次の扉が開く。宮崎から愛媛、神戸、東京へとすずめたちの旅は、続いていき、草太は東京でダイジンの代わりに要石になってしまう。
草太を救うために、すずめは東北に向かう。すずめは東北の震災で母を失くしていた。4歳だったすずめは環に引き取られたのだった。家出したすずめを心配してかけつけた環と草太の友人の芹沢(なかなか好感の持てるキャラとなっている)が加わり、3人は芹沢のオープンカーで東北へ向かう。
「どこでもドア」みたいな扉とその向こうに広がる星がきらめく漆黒の宇宙ときらきら光るカギと突如出現する鍵穴がファンタジーすぎるのとこの映画の世界だけで通じる専門用語が次々に出てくることにちょっと引いてしまい、また、まがまがしく広がるミミズともどもそれらのイメージにさほど斬新さが感じられなかった。草太の魂が入るのが手作りの子ども用の木のイスでしかも三本足で走るというのはまったくもって奇抜な着想だとは思うのだが、なぜか「ハウルの動く城」のぴょこぴょこ跳んで進む案山子の動きを思い出してしまう(これに限らず、映画全体を通して「ハウル」に雰囲気が似ている感じがする)。幼いすずめが出会っていたのは実は、という展開も特に意外でもなく、おお、ここでこうくるか?という驚きはなかった。オマージュの部分もあるのだろうが、つまりは出てくるものに対してやけに既視感を抱いてしまうのだった。が、どことなく見慣れたものを最大限に生かして、パワーアップしたビジュアルでもってきっちりと見せきった力量はあっぱれ、という感じの映画だった。
(追記)ビジュアルの秀逸さとともに、言葉へのこだわりも感じられた。「好き」と言われればふっくらし、「きらい」と言われればやつれてしまうダイジンは言葉が他人に与える力を表しているのだろうが、これはわかりやすすぎてあざとい。扉を戸締りする際にすずめが聞く、おはよう、いってきます、いってらっしゃい、という様々な声は、震災の朝にも人々の間で交わされたあいさつで大した意味をなさない言葉のやりとりゆえにそうした日常が立ち切れてしまったという思いを喚起させるものだ。しかし、私の溜飲を下げてくれたのは、それを言っちゃあおしまいよって感じで、すずめを引き取ったことがどれだけ負担だったかという心情を吐露した環があとから「それだけじゃないよ」の一言ですべて収めてしまうくだりで、言っちゃいけない言葉なんて実はないのだよという主張が感じられてよかった。

 

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