恐竜が出てくる映画を2本続けてみるー「プリミティヴ・ウォー恐竜戦争」「オークストリートの異変」

 「プリミティヴ・ウォー恐竜戦争」では、ベトナム戦争のさなか、密林に恐竜たちがやってきて兵士らと死闘を繰り広げ、「オークストリートの異変」では1982年のアメリカの町の一画が先史時代にタイムスリップし、住人たちが住宅街で恐竜に襲われる。
どちらも、羽毛のある恐竜が登場していることが、これまでの恐竜映画とちがうところで、これは最新の学説を反映しているそうだ。

 

プリミティヴ・ウォー 恐竜戦争  Primitive War
2025年 オーストラリア 133分
監督・脚本・製作・編集・美術:ルーク・スパーク
原作・脚本:イーサン・ペッタス
脚本監修:デイル・ダイ
出演:
<古生物>ユタラプトル、デイノニクス、ティラノサウルス、スコミムス、スピノサウルス、エドモントサウルス、コリトサウルス、アンキロサウルス、トリケラトプス、アマルガサウルス、ドレッドノータス、ケツァルコタトルス(翼竜)
<ハゲタカ小隊>ライアン・ベイカー曹長(隊長。ライアン・クワンテン)、ゼイビア・ワイズ(副隊長。アドルファス・ウェイリー)、イーライ・テイラー(擲弾兵(てきだんへい)、重火器・爆発物担当。ニック・ウェクスラー)、リオン・バーン(新人無線通信士、生物学専攻。カルロス・サンソン・ジュニア)、チャーリー・ミラー(ライフル兵。アルバート・ムワンギ)、ローガン・ストヴォル(狙撃手。アーロン・グレナン)、ジェラルド・キーズ(観測手。アンソニー・イングルーバー)
ジェリコ大佐(ジェレミー・ピヴェン)、ソフィア(トリシア・ヘルファー)、コン・ネン(アナ・トゥ・グエン)、セルゲイ(M・J・ココリス)、ボロディン(ジェレミー・リンジー・テイラー)
1968年、ベトナムの密林に突如恐竜が出現する戦争SF恐竜映画。
消息を絶ったグリーンベレーの毒蛇部隊の調査にやってきたハゲタカ小隊は、密林で白亜紀の恐竜に遭遇する。森林の奥深くにロシアの研究所があって、そこで行われていた戦車を瞬間移動するためのワームホールの実験でエラーが生じ、先史時代と現代をつなぐワームホールができてしまい、大量の古生物がなだれ込んできてしまったという設定である。
導入はベトナム戦争映画として作られている。7人からなる小隊のメンバーそれぞれの役割や性格が丁寧に描かれ、戦場の密林で汗と泥にまみれるという過酷な環境の描写はベトナム戦争ものでおなじみである。しかしやがて彼らは、ものすごい数の肉食恐竜と壮絶な戦いを繰り広げることとなる。人を襲う肉食恐竜の定番としてやはりティラノザウルスが出てくるのだが、子どもを殺されたつがい(夫婦)で登場し、ガッパやラドンを思い出させる(幼体には羽毛が生えている)。そして空から攻撃してくるのはプテラノドンではなくケツァルコタトルスという翼竜で、巨大なくちばしで獲物をつっつくのが怖い。邦題のサブタイトル「恐竜戦争」は昔っぽい中に映画の中身を端的に表している。
また、戦いの合間に小隊の面々が巨大な草食恐竜たちがなごやかに過ごしている中を通り抜けたり、水辺に集まるトリケラトプスたちの姿を目にしたりするのだが、その際、彼らが恐竜の大きさと優雅さに圧倒されその光景を楽しんでいるように見える場面があったのがよかった。
恐竜の名前を確認したくてパンフレットを買ったら、恐竜のほかに、ハゲタカ小隊のメンバーの丁寧な紹介と、映画に出てくる銃器の説明、ルーク・スパーク監督と山崎貴監督の対談も載っていた。

primitivewar-jp.com

 

オークストリートの異変  THE END OF OAK STREET
2026年 アメリカ 100分
監督:デヴィッド・ロバート・ミッチェル
出演:デニース・プラット(アン・ハサウェイ)、グレッグ・プラット(ユアン・マクレガー)、オードリー・プラット(メイジー・ステラ)、ブライアン・プラット(クリスチャン・コンヴェリー)、メル(P・J・バーン)、ジャネット(ジョーダン・アレクサ・デイヴィス)、ハドルストン夫人(アン・ジー・バード)
アロサウルス、ティラノサウルス、トリケラトプス、ティタノボア(新生代の全長13mの大蛇)
アメリカのある町。デニース・プラットは、夫のクレッグ、娘のオードリー、息子のブライアンの4人でオークストリート沿いの家に住んでいる。年代は1982年なので、スマホやインターネットはなく、デニースはポラロイドカメラで写真を撮り、タイプライターを使って家族に内緒で小説を書いている。根拠なく楽観的なクレイグとなにごともきびきびやりたいデニースは顔を合わせると言い争いばかりしていて、子どもたちはそれを不安に思っている。隣人のメルはいつも不機嫌でなにかと文句を言ってくる。
ある夜、突然生じたなぞの光(ワームホールか)によって、町の一地区がまるごと先史時代にタイムスリップする。古代植物が生え、住宅街を恐竜が闊歩する。人々は、肉食恐竜に追われ、襲われる。プラット一家の4人も銃や矢で応戦するが、倒すことはままならず、逃げ惑う。いろいろ襲ってくるが、一番狂暴で怖い恐竜はやはりティラノザウルスなのだった。が、ティタノボアという白い大蛇(恐竜ではないらしい)がぬるーと窓から家の中に入ってきて、ぬるーと廊下を通って階段を下りていくシーンはユーモラスで印象深かった(そのまま家を抜けていくだけだったらおかしいと思ったが、ちゃんと襲ってきた)。
恐竜に住人が襲われる様子は残忍な描写もあるが、「プリミティブ・ウォー」とくらべればのほほんとした感じ。
クレイグはピザの宅配のアルバイトをしているが、これが最後に効いてくる展開がよい。

映画『オークストリートの異変』公式サイト

 

 

 

映画「ヌーヴェルヴァーグ」を見る

ヌーヴェルヴァーグ  Nouvelle Vague
2025年 フランス 106分
監督:リチャード・リンクレイター
出演:ジャン=リュック・ゴダール(ギョーム・マルベック)、ジーン・セバーグ(ゾーイ・ドゥイッチ)、ジャン=ポール・ベルモント(オーブリー・デュラン)、ラウール・クタール(マチュー・パンシナ)


映画「ヌーヴェルヴァーグ」を見ました。
1959年フランス、パリ。映画誌「カイエ・デュ・シネマ」に映画評を書いていた28歳のジャン=リュック・ゴダールが、初めてメガホンを手にして映画「勝手にしやがれ」を撮った際の顛末が端正な白黒画面で描かれます。彼の自由奔放なやり方に周りのスタッフもキャストも振り回されますが、出来上がった映画は、フランスで起こった映画の革命的な動きヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)を代表する作品として映画史に名を残します。
ここでたいへん個人的な話になりますが、45年ほどまえ、わたしが大学のシネ研にいたとき、ほぼ誰もがゴダールと蓮見重彦氏に傾倒していました。わたしはといえば西部劇はじめアクション映画ばかり見ていて、映画は愉快・痛快な思いを味わわせてくれる娯楽であり、芸術だと意識したことはあまりありませんでした。先輩たちのつくっていた8ミリ映画を見て、なにこれわからないと思ったのはたいがいゴダールの影響を受けたものなのだと後から知りました。脚本なしで即興で撮るというのも流行っていました。そんな中、みんなといっしょにゴダールの映画を何本か観に行きました。で、当時はなかなか口に出せませんでしたが、そしてゴダールが好きな方にはもうしわけありませんが、正直どうにも好きにはなれませんでした。「勝手にしやがれ」も最初に見た時はよくわからなかったと思いますが、しかし、ゴダールの映画を何本か観てから見直すと、これがけっこうよかったのです。ジャンプショットが気持ちよく感じられたことをよく覚えています。
ということで、「勝手にしやがれ」はゴダール監督作品の中では好きな映画なので、その製作現場の再現というこの映画はたいへん興味深く見ました。のちに名の知れた映画監督となる若者たちが生き生きとしていてよかったです。撮影前に毎朝同じカフェに集合するのも、カメラマンのラウール・クタールがカメラを回して止めるたびに「止めた」というのもよかったです。誰かが登場するたびに、律儀に名前を字幕で入れてくれるのがとてもありがたくわかりやすかったです。ブレッソンがゴダールに予算不足をぼやいているのがおかしかったですが、これも最初の字幕がなければ誰なのかわからなかったと思います。
でも、全体的に知的で抑制が効いていて、どんくさいものに引かれる私には少々おしゃれすぎました。
観終わった日(7/10)の夜、朝日新聞の夕刊に、映画評論家の秦早穂子氏の評が載っていました。その文章の後半、不明なわたしにはちょっとわからない部分があり、検索して、彼女が「勝手にしやがれ」の日本国内配給に関わった方だと知りました。「息切れ」という原題を、周囲の反対を押し切ってこの邦題にしたとありました。ここにもまた、ドラマがひとつあったように思われ、なかなか感じ入るものがありました。

 

nouvellevague-movie.com

映画「ひつじ探偵団」を見る

とてもひさしぶりのブログです。時間と気持ちに余裕ができたので、再開しようと思いますが、少しずつ続けていければと思います。

ひつじ探偵団 The Sheep Detectives
2026年製作 109分 アメリカ・イギリス合作
監督:カイル・バルダ
原作:レオニー・スヴァン
出演:ジョージ(羊飼い。ヒュー・ジャックマン)、デリー(巡査。ニコラス・ブラウン)、エリオット(新米記者。ニコラス・ガリツィン)、レベッカ(ジョージの娘。モリー・ゴードン)、ベス(雑貨店主。ホン・チヤウ)、リディア(弁護士。エマ・トンプソン)、
ひつじたち:リリー、モップル、セバスチャン、クラウド、リッチフィールド卿、ロニー&レジー、ウールアイ、ゾラ、冬生まれの子羊(のちにジョージ)

イギリスの田舎町。羊飼いのジョージが何者かに殺される。飼われていたひつじたちの中でもジョージのお気に入りだったリリーは、ジョージに読み聞かせてもらっていたミステリー小説を参考に、仲間のひつじモップルとともに犯人探しに乗りだす。

町で唯一の警官でありながらあまり頼りにならない巡査デリーに事件解決のヒントを与えるあたりは、「名探偵コナン」のコナンと小五郎みたいだが、ひつじなのでいちいちかわいくおかしく、またデリーは間抜けと言われているが小五郎よりもよほど切れる。

一匹羊(?)のセバスチャンが渋いところを見せ、雑貨店で弁護士がジョージの遺書を読み上げる会合にひつじが乱入して大騒ぎとなり、仲間外れにされている冬生まれの子羊がだいじな役割を果たし、リリーに指図されるがままにいたモップルが覚えていることの大切さをリリーに説く。モップルは、いやなことは3つ数えれば忘れてしまう羊たちの中にあってただ一匹なんでも記憶している羊なのだ。

行き届いた場面がつづき、最後は、リリーという名前の所以、ひつじは死なずに雲になるという言い伝えなどの伏線がばっちり決まってじーんとさせられてしまった。もふもふを愛でるだけではすまない映画なのだった。

hitsuji-tanteidan.jp

 

映画「ゴジラ-1.0」を見る(感想)

ゴジラ-1.0
2023年 日本 配給:東宝 125分
監督・脚本・VFX山崎貴
出演:敷島浩一(神木隆之介)、大石典子(浜辺美波)、水島四郎(新生丸乗組員。山田裕貴)、橘宗作(海軍航空隊整備兵。青木崇高)、野田健治(新生丸乗組員。元海軍の技術士官。吉岡秀隆)、太田澄子(安藤サクラ)、秋津清治(特設掃海艇・新生丸艇長。佐々木蔵之介)、堀田辰雄(駆逐艦雪風」の元艦長。田中美央)、斎藤忠征(遠藤雄弥)、板垣昭夫(東洋バルーン者係長。飯田基祐)、明子(永谷咲笑)

 

★注意! ネタバレしてます★

 

 

またゴジラかと思ったのだが、「シン・ゴジラ」(2016)がもう7年も前だと気づいて驚く。「永遠のゼロ」(2013)はさらにそれより前になる。(歳を取るとそういうことばかりだ。)
タイトルの「-1.0」は、「敗戦後焦土と化してゼロになった日本にさらに追い打ちをかけるような打撃が」、あるいは「1作目のゴジラよりさらに時を遡った設定の時代のゴジラ」といったような意味があるとかないとかいうことだが、どうもピンとこないというのが正直なところだ。小数点1位なのもよくわからない。
自衛隊がないから、例のテーマは流れない。伊福部の音楽は、中盤ゴジラの足音とともに流れる「チャラララ~」の一節と、そして、クライマックスのわだつみ作戦の時に流れる満を持してのゴジラのテーマ曲(「ゴジラがくる」と勝手に呼んでます)だが、これが盛り上がる。
音楽だけでなく、わだつみ作戦はこれぞゴジラ映画という醍醐味に満ちていてよかった。沿岸の海に立つゴジラに対し、空からは戦闘機「震電」が飛び回って攻撃し、そして海上には、ゴジラフロンガスをつけたワイヤをまきつけるため駆逐艦数隻が逆回りにゴジラの足元を周回する。すれ違う時にちょっと位置が重なって駆逐艦同士が接触したりするのも細かく気が利いている。
震電は、終戦間近に開発されつつあった試作品しかない戦闘機だそうだ。主翼とプロペラが後ろについていて、素人目にも通常の戦闘機とは真逆の変わった形をしていることがわかる。
操縦桿を握るのは特攻隊の生き残りの若者敷島浩一。生き残ったと言っても飛行機の故障とかではなく、怖くて自ら外れてしまったのだ。しかもその際着陸した大戸島守備隊基地では、ゴジラに襲われ、攻撃をためらったため駐屯していた整備兵のほとんどが死亡し、唯一生き残った整備兵(橘)に責められるという二重の責め苦を負うこととなるのだが、特攻仲間に対する負い目はほとんど描かれない。この敷島に共感できるかどうかが、ドラマ部分の評価の分かれ目のようだ。作り手は、特攻隊の生き残りの気持ちというと若い世代には理解しづらいだろうが、自分だけ生き残った罪悪感とすれば共感しやすいと思ったのかもしれない。「永遠のゼロ」で終始違和感を覚えた特攻兵に比べればわかりやすいのではと私は思った。
橘が震電を整備し、敷島に赤いT字のレバーの説明をしたとき、ひょっとして、これは爆弾が飛び出すとともに、操縦席も飛び出すのではないかと予感した。それはちょっと外れて脱出装置を使うかどうかは敷島の判断に委ねられたのだが、攻撃されたらお終いの戦闘機しか作ってこなかった日本の整備兵が操縦席ごと飛び出す脱出装置を機体に組み込むのは、斬新だ。しかも仲間を死なせたということで敷島を恨んでいたはずなのに、生きろという方に考えが向くあたりもいま風だ。それはそれで明るい気持ちになるからいいかなと思った。

 

godzilla-movie2023.toho.co.jp

「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」の本を読んで映画を見る(感想)

「キラー・オブ・ザ・フラワームーン」の感想

<本>
花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生
Killers of the Flower Moon  The Osage Murders and the Birth of the FBI
デイヴィッド・グラン著(2017)
倉田真木訳 早川書房(2018)
<映画>
キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン KILLERS OF THE FLOWER MOON
2023年 アメリカ 206分
監督:マーティン・スコセッシ
原作:デイヴィッド・グラン「花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生」
出演:アーネスト・バークハート(レオナルド・デカプリオ)、モリーバークハート(リリー・グラッドストーン)、
ジーモリーの母。タントゥ・カーディナル)、アナ・ブラウン(カーラ・ジェイド・マイヤーズ)、リタ(ジャネイ・コリンズ)、ミニー(ジリアン・ディオン)、ビル・スミス(リタの夫。ジェイソン・イズベル)、
ヘンリー・ローン(ウィリアム・ベルー)、ポール・レッドイーグル(エヴェレット・ウォーラー)、ボニーキャッスル種族長(アンセイ・レッドコーン)
ビル・ヘイル(ロバート・デ・ニーロ)、バイロンバークハート(スコット・シェファード)
ジェームズ・ショーン(医師。スティーヴ・ウィッティング)、デヴィッド・ショーン(医師。スティーヴ・ルートマン)、ブラッキー・トンプソン(トミー・シュルツ)、ヘンリー・グラマー(密造酒の元締め・元ロディオスター。スタージル・シンプソン)、ジョン・ラムジー(ティ・ミッチェル)、ケルシー・モリソン(ルイス・キャンセルミ)、エイシー・カービー(ピート・ヨーン)
トム・ホワイト(ジェシー・プレモンス)、ジョン・レン(タタンカ・ミーンズ)、ジョン・バーガー(捜査官。パット・ヒーリー)、バーンズ(探偵。ゲイリー・バサラバ)、
ピーター・リーワード(検察官。ジョン・リスゴー)、W・S・ハミルトン(ヘイル側弁護士。ブレンダン・フレイザー

ネタバレ注意!

もろにネタバレしてます。映画をこれから見る人はそうでもないですが、映画を見てなくてこれから本を読む人は特に注意してください。本の方はミステリ仕立てです。以下の感想文では、いきなり犯人をばらしてます!

 

 

 

 

本を読んで映画を見た。
映画を見る前に本を読み始めたが、読み終えないうちに上映が始まったので、読んでいる途中で映画を見て、そのあと本を最後まで読んだ。本の内容について説明してから、映画の感想を書く。

2018年に早川書房から単行本が出たときは、「花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生」というタイトルだったが、映画公開が決まって文庫化されたときは映画に合わせ、「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生」というタイトルに変更された。最初のタイトルの方が好きなので、単行本を買った。
本書は、1920年5月に、アメリカ、オクラホマ州で起こった2件のオセージ族のインディアン殺人事件に端を発する連続怪死事件の謎を追うノンフィクションである。「花殺し月」とは、オセージの言葉で「5月」を示す。草原で丈の高い植物が生長することによってそれまで咲いていた小さな草花が枯れてしまう月という意味だそうだ。
先住民族であるオセージ族は、かつては広大な地域にわたって暮らしていたが、アメリカ政府によって土地を追われ、最終的にオクラホマ州の一画を居住地とした。ところがその地で豊富な石油が産出され、オセージ族はその利権を得て最も裕福な先住民族となる。が、白人たちはその利権を狙い、あの手この手で彼らの富を奪おうとする。
白人の実業家ビル・ヘイルは甥のアーネスト・バークハートをオセージ族の女性モリーと結婚させ、彼女に一族の利権が集中するよう、彼女の親や姉妹を銃殺や毒殺や爆殺によって次々に殺害する。この事件についての真相究明が本書のメインとなっているが、それ以外にもオセージ族の持つ石油の利権を巡る殺人事件は、オセージ族だけでなく白人の弁護士なども含め、何件にも及び、未解決のままのものも多いということだ。
また、政府は、インディアンは巨額の財産を管理する能力がない無能力者だから財産を管理する後見人が必要だということで、オセージ族の人々は必ず白人の後見人を付け、その承認を得ないと自分のお金を使えないという、偏見に満ちた制度をつくった。そのため、後見人により搾取された額も計り知れないという。映画ではモリーがしばしば後見人を訪ね、その都度自分の名と「無能力者です」と告げるシーンがあるが、この後見人制度についての説明ががないので、本を読んでないと意味がよくわからないかもしれない。
一連の事件究明のため、政府の捜査局本部(FBIという名はまだない)の長官となったフーバーは、オクラホマに特別捜査官を派遣するが、これもオセージ族の請願に応えたというよりは捜査局刷新のためのモデルケースにしたかったという思いが強かったからだそうで、映画のラストにあるFBI宣伝のためのラジオ番組のシーンは原作の本にも出てくる。
本は、3部に分かれ、クロニクル1「狙われた女」では、オセージ族の置かれた状況とモリーの周辺で起こった殺人事件の様子が説明される。クロニクル2「証拠重視の男」では、フーバーの指令により、捜査官トム・ホワイトが登場、事件の真相を追うが、証拠隠滅やデマの拡散など真相を闇に葬るための山のような画策が施されていて捜査は困難を極める。それでもなんとかして真相を突き止めようとするホワイトの捜査をたどることによって、ヘイルとアーネストが犯人として浮かび上がってくるのだが、映画では最初からヘイルとアーネストのたくらみが明かされている。(私は、ちょうど、ここらへんまで読んでから映画を見たので、いきなり犯人のネタバレされてがっかり、という目に合わずに済んだ。)
クロニクル3「記者」では、著者のグランが登場。ヘイルらによる犯罪以外の事件の真相を知るため、現代のオクラホマを訪れ、事件の被害者の子孫に会って取材をする様子が描かれる。

以上のように、本では時系列順に事件を追って謎が究明されていくが、映画では、前述の通り、復員して叔父を頼ってきたアーネストを、ヘイルが自分の企みに巻き込もうとし、モリーとの結婚を促すところから始まる。
本にはない、モリーとアーネストの出会い、結婚、子どもたちの誕生がほのぼのと描かれる一方で、モリーの姉アナ、母リジー、妹リタとその夫ビル・スミス、妹ミニーが次々に殺されていく。
デカプリオは、当初考えられていた正義の味方の捜査官の役でなく、女好きで不甲斐ない男、妻のモリーと子供たちを愛しながらも義母や義姉妹の殺人計画に加担する、二面性を持つ男アーネストを、とことん突き詰めて演じている。彼のアーネストをたっぷりと見られるのが、この映画の主なみどころではないだろうか。デ・ニーロの悪ボスぶりはデ・ニーロなのでこれくらいやるだろうという感じ、モリーやアナやリジーやヘンリー・ローンなどのオセージ族の人々、ヘイルに使われるブラッキーラムジー、モリソンら実行犯らを演じる俳優たちもよかった。
が、衝撃的な爆破シーンはあるものの、ほかの場面は大方たんたんと描かれ、筋立てにはあまり起伏がないので、3時間越えは長かった。映画を1本見たというよりは、連続ドラマを4、5話続けて見たような印象だ。
舞台はオクラホマだが、西部劇の雰囲気はあまり感じられない。冒頭の石油掘削機がぽつぽつと点在する荒野の風景を除けば、町と室内のシーンが多く、牧場は柵で囲まれて多数の牛馬がひしめいているし、西部の野外の広々とした空間を感じさせる画面はあまり出てこない。空撮はあるが、空から荒野を見下ろすのは西部劇っぽくない。トム・ホワイトについても、原作では、父親が西部の保安官兼死刑執行人であったことや本人も元テキサスレンジャーで生粋の西部男であることが詳しく語られるが、映画では彼の素性についてはあまり触れられない。モリーが「帽子をかぶった男」が来る夢を見たというところがあり、これはつまりスーツにソフト帽の都会の捜査官ではなく、ステットソン(カウボーイハット)をかぶった西部男を意味するのだが、それについてもあまり説明はない。映画全体を通して、どうもあえて西部劇的な描写を避けているのではないかと思えるのだった。

 

kotfm-movie.jp

↓こちらは文庫本。単行本の方は、amazonのサイトで検索すれば出てくる。

 

 

 

 

映画「ミッション:インポッシブル デッド・レコニング PART ONE」を見る(感想)

ミッション:インポッシブル デッド・レコニング PART ONE
MISSION: IMPOSSIBLE - DEAD RECKONING - PART ONE

2023年 アメリカ 164分
監督:クリストファー・マッカリー
出演:イーサン・ハント(IMFエージェント。トム・クルーズ)、ルーサー・スティケル(IMFコンピュータ技術者。ヴィング・レイムス)、ベンジー・ダン(IMFテクニカルフィールドエージェント。サイモン・ペッグ)、イルサ・ファウスト(元M16エージェント。レベッカ・ファーガソン
アラナ・ミツソポリス/ホワイト・ウィドウ(闇市場の武器仲買人。ヴァネッサ・カービー)、グレース(ヘイリー・アトウェル)、パリス(フランスの暗殺者。ポム・クレメンティエフ)、ガブリエル(イーサイ・モラレス)、ユージーン・キトレッジ(IMF元ディレクターで現CIA長官。ヘンリー・ツェーニー)、ジャスパー・ブリッグス(CIAエージェント。シェー・ウィガム)、ドガ(CIAエージェント。グレッグ・ターザン・デイヴィス)

シリーズ第7作。160分を超える長尺でしかもパート・ワンだというので、ちょっと二の足を踏んだのだが、見てよかった。楽しかった。
アクションに次ぐアクションでそれぞれのシーンがいちいち長い。砂漠の騎馬での追っかけ、延々と続くカーチェイス、ベニスでの路上の格闘、クライマックスはオリエント急行での列車アクションでこれがまた長いことこの上ない。のだが、いろいろな趣向があって飽きずにわくわくして見られる。たとえばカーチェイスのシーンも、途中で車を変えて、しかもイーサンと女泥棒のグレースが手錠でつながれていて、並びの関係から最初グレースがハンドルを握るが運転がすごく下手でイーサンが変わるも手錠につながれている手が窓側だからすごく運転しづらいシチュエーションとなる、といった塩梅だ。
腕利きなはずなのに、女泥棒に何度も逃げられ、オリエント急行の屋根に飛び移るのに失敗してガラス窓を突き破って車両にパラシュートごと突っ込むなど、適度に間抜けでユーモアがあるところがイーサンとこのシリーズの魅力だったことを思い出した。
敵はAI、イーサンの仲間のルーサーとベンジーもITを駆使して戦うが、そのくせみんなが狙う獲物は、二重十字架型の鍵というとてもアナログな「もの」なのもいい。鍵の秘密は、ラストになってイーサンらに明かされ、ここでやっと冒頭のロシアの潜水艦セヴァストポリの事件につながる。次回は深海に沈む潜水艦を巡る戦いにという期待を抱かせて終わるので、えーまだ続くのかよといううんざり感が払拭され、まんまと続きが見たいと思った。忘れないうちにやってくれるといいのだが。

missionimpossible.jp

映画「バービー」を見る(感想)

バービー BARBIE

2023年 アメリカ 114分
監督:グレタ・ガーウィグ
出演:バービー(定型。マーゴット・ロビー)、ケン(ライアン・ゴズリング)、グロリア(アメリカ・フェーラ)、サーシャ(アリアナ・グリーンブラット)、アラン(マイケル・セラ)、
バービーたち:へんてこバービー(ケイト・マッキノン)、大統領バービー(イッサ・レイ)、物理学者バービー(エマ・マッキー)、医者バービー(ハリ・ネフ)、最高裁判事バービー(アナ・クルーズ・ケイン)、作家バービー(アレクサンドラ・シップ)、弁護士バービー(シャロンルーニー)、外交官バービー(二コラ・コークラン)、報道記者バービー(リトゥ・アルヤ)、マーメイドバービー(デュア・リパ)、ミッジ/妊婦バービー(エメラルド・フェネル)
ケンたち:(シム・リウ、スコット・エヴァンス、キングスリー・ベン=アデイル、チュティ・ガトウ、)、ルース(バービーの生みの親。リー・パールマン)、マテル社CEO(ウィル・フェレル)、マテル社幹部(ジェイミー・デメトリウ)、インターン(コナー・スウィンデルズ)
ナレーション(ヘレン・ミレン

極彩色のおしゃれなファンタジー・コメディと思ったら、ジェンダー問題にまっこうから取り組んだ映画でもある。
プロローグは、「2001年宇宙の旅」のパロディになっていて、モノリス化したバービーが登場。(実は「2001年」は、冒頭だけ見て見るのを断念したことがあって、そのあと2度目の挑戦で全部見たけど、世間の評価とは逆にそんなには好きではなく、でもパロディにされることが多いので、ネタ元がわかるから見といてよかったと思う。)
定型のバービーは、多様な才能を持つバービーたちやボーイフレンドたちと、ピンク色のバービーランドでおもしろおかしく暮らしていたが、ある日、彼女の身体に異変が。持ち主である人間の影響によるものだという物知りのへんてこバービーのアドバイスで、バービーは乗り物を乗り継いでケンとともに現実世界へ。そこはバービーランドとは真逆の男中心の世界で、バービーは男たちからは好色な目で見られ、少女たちからは嫌われる。バービーの持ち主は、マテル社の秘書のグロリアとその娘のサーシャだった。問題解決のため、バービーは母娘を連れてバービーランドへ戻るが。
バービーの付属品扱いをされていたケンは、現実世界の男社会を見て自我に目覚め、バービーランドをケンの王国にしようとする。が、男社会の男たちもまた悩める存在という視点があるので、マッチョぶる男たちをおもしろおかしく描くことへの遠慮が感じられ、バービーたちの作戦にまんまとひっかかった男たちが同士討ちとなる、そのへんの展開が痛快でもなく、かといって悲壮でもなく、みていてなんだか中途半端に感じた。男をやたら非難してけちょんけちょんに攻撃する女性映画とは一線を画すと思うが、後半は地味な感じがした。
バービーの発売元マテル社のCEOと幹部たちが愉快なおじさんたちとして描かれているところに、マテル社の、引いてはアメリカ社会の度量の大きさを感じた。
マーゴット・ロビーは魅力的で、多様なデザインのバービーたちがたくさん登場してくるのも、手の込んだつくりのバービーランドも楽しかった。ラストのクレジットで映画に出てきたバービーたちの実際の商品が示されるのが親切でうれしかった。

 

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