高橋洋監督作品「狂気の海」を見る

映画「リング」の脚本家として知られる高橋洋が、講師を務める映画美学校の授業の一環で生徒らと作り上げた作品である。
主な登場人物は、日本国首相(田口トモロウ)、首相夫人(中原翔子)、FBI女捜査官(長宗我部陽子)、地下王国の女王(中原翔子)の4人、でも首相夫人と女王は二役なので役者は3人、主な場所は、首相官邸内の一室、富士の裾野の原っぱ、地下王国の洞窟、ハワイの家の一室などのみ、そして憎めない特撮を駆使して、日本沈没という一大スペクタクルを34分で描く。
(以下ネタバレしまくっています。念のため。)
憲法九条を改正して日本を「普通」の国にしようとする首相。首相である夫に内緒で核兵器をつくっていた妻。大統領呪殺の謎を解明するため(蠅のうなりとともに)やってきたFBI霊的国防部の女捜査官。そして、地下で呪殺にいそしむ古代王国富士王朝の女王。
首相はどちらかというと女房の過激な発言に戸惑うばかりで、国家の興亡をかけた舌戦は、首相夫人マッチとFBIのライス捜査官のあいだで繰り広げられる。
やがて、ライスは、英語のパスワードを叫んで人工衛星に内蔵された兵器を富士山麓にいる自分にむけて発射させる。首相は妻の誘導で、ワシントンDCへ向けて核ミサイルを発射する。そして、地下では、富士王朝の女王が富士山の噴火を引き起こす。
私が劇場に見に行ったときは、上映後に高橋監督と黒沢清監督のトークがあった。このトークが、多少なりとも映画を解く鍵になってくれた。タイトルクレジットから妙な記号が出てきて戸惑ったが、実はこの映画自体が暗号のようなものだったのだ。
一番のキーワードは「エクソシスト」。だが、他にもいろいろ知っておけばそれだけ映画を見て、ああとうなづける。
冒頭から出てきた妙な記号は、二人の女優、中原翔子長宗我部陽子の「子」に漢字の「四」に似た同じものが使われていること、また、映画のタイトル「狂気の海(きょうきのうみ)」のふたつの「き」の部分にともに漢字の「中」に似た記号が使われていることから、どうやら日本語の五十音に対応した表音記号らしいということはわかるのだが、トークを聞かないと、これが「神代文字」であることはわからない。それも、本物の神代文字というものは存在せず、かといって高橋監督のオリジナルでもなく、比較的新しい時代に作られた偽神代文字なのである。
富士王朝という古代王国については、そのような説があるらしい。呪殺もそういうものが試みられた時代があって、この作品が捧げられた映画「帝都大戦」には、アメリカ大統領呪殺のシーンが出てくるらしい。浮き輪にも意味がある。といったようなことやなんかだ。トークがもっと続いていたら、もっといろいろなことが解き明かされていたかもしれない。
あちこちにギャグがある。どれもおかしいし笑っていいはずなのだが、なぜか笑いが出てこない。これはどういうことなんだろうと考えたところ、どうやら笑いよりも、あまりに変なものを目の当たりにしていることに対し、映画が終わるまで一貫してあっけにとられていたいという衝動の方が大きかったのではないかと思った。途中差し挟まれるギャグにいちいち笑って、あっけにとられている状態を中断したくなかったということだ。
中でも特にあっけにとられたのは、時空を超えていないことだ。古代王国の人々は、日本の古代王国なのに、いわゆるヤマトなファッション(例えば超古代SF漫画の秀作「イティハーサ」に見られるようなやつです)とは全く無縁の、古代エジプト風の派手なコスチュームをしている。バビロンぽくもあるので、一瞬「イントレランス」を思い出したりもしたのだが、恐らく監督は、古代王朝や神代文字や呪術には興味があっても、SF的な時空の歪みとかには全く興味がないので、あの王朝の人々は何百年だか何千年だか定かではないが、とにかくものすごく長い歳月を地下で生きてこなければならなかった。というわけで、古代日本と現代日本が上と下で同時に壊滅するというスペクタクルが起きる。この「同時」という点がすごいと思った。

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