遅ればせながら「崖の上のポニョ」を見る

*ネタバレあります。*
海に住む魚の子ポニョが、海辺の町の崖の上の家に住む5歳の人間の男の子宗介に会いに行くお話。
ポニョは、魚の子と言っても、正確には、海の女神グランマンマーレと、人間界に愛想がつきて、どんな手段を使ったかは知らないが、とにかく苦労の末海に住む魔法使いとなった元人間の男フジモトとの間にできた子ども。
もともと魔法の能力を持つポニョは、フジモトが収集していた海の水の力を得ることで、パワーアップする。ポニョは、宗介に会うため、人間となって地上に向かうが、その際大嵐を巻き起こし、おそらく潮流の関係かなんかで月を地球に大接近させ、あわや世界の危機という事態まで招いてしまう。フジモトはそれを食い止めるため奮闘するが力及ばず、結局は海の女神の登場となる。
まず、予告編を見てポニョのあまりのぶりっこさに引いてしまった。さらにテレビスポットではかなり重要そうなシーンが惜しげもなく流されているし、メイキング番組などもあって事前にだいぶ知識が入って、大体どんな映画か想像がついてしまったように思った。きっとたあいない話なのだろうなとたかをくくっていたのだが、行って見たら、思った以上に見応えのあるものだった。
嵐の場面がとにかくすごい。魚の形をとって沿岸に押し寄せる波の豪快さに圧倒される。宗介とリサの乗った小型カーと生きているようにうねる巨大な波とのチェイスが、十分な時間をかけてたっぷり描かれる。暗い嵐の中で、波の間に見え隠れする真っ赤なコスチュームをまとったポニョの姿。テレビスポットで既に見かけたことのあるシーンだが、それでもここは感動的だ。というか、わたしにとって一番盛り上がったのはここだった。
一貫して周囲の状況には全く無頓着に、自分の欲望のままに無邪気にふるまうポニョ。が、それを取り巻くもろもろのものを目にした大人は、屈託せずにはいられない。フジモトが水の底に設けた避難所で身体の自由を取り戻してはしゃぐ老婆たちや、大災害の後、海の底に沈んだ町を眼下に船で往来する町の住人たちの陽気さには、一種異様なものを感じる。船の墓場と巨大な月のイメージも不吉だ。グランマンマーレがポニョに示す母性は揺るぎなく頼もしいが、女神なだけに相当大ざっぱだ。これに比べると、エキセントリックな中年男フジモトは、娘から嫌われてはいるが、その愛情は小規模で不器用で憎めない。そしてリサという若い母親の存在。作者は彼女に好感を抱いているのか、それとも実はめちゃめちゃ悪意を持って描いているのか、実に微妙だ。
宮崎駿監督作品となれば、もはや、子どもの付き添いでしかたなく見にいったらこれがおもしろくて、というような出会いはほぼ望めないだろう。5歳の子どものために作ったと言われようとも、子どもとともに行く保護者も、単独で見に行くファンの大人もそれなりのものを期待しているはずだ。で、その結果、大人たちからは、話がきちんとしていないという批判が多く見られるようだ。が、ここで想像力を働かせるべきではないだろうか。子どもはよろこび、大人は大人の捉え方でああだこうだと雑念をめぐらせる。そのようにできている映画だと思う。

崖の上のポニョ [DVD]

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