岡倉天心生誕150周年・没後100周年記念&復興支援映画「天心」を見る

天心
2013年 日本 配給:マジックアワー 122分
監督:松村克弥
美術:池谷仙克
主題歌:石井竜也亜細亜の空」
出演:岡倉天心/覚三(竹中直人大和田健介)、横山大観中村獅童)、菱田春草平山浩行)、下村観山(木下ほうか)、木村武山(橋本一郎)、菱田千代(キタキマユ)、九鬼隆一男爵(渡辺裕之)、九鬼波津子(神楽坂恵)、狩野芳崖温水洋一)、船頭(本田博太郎)、アーネスト・フェノロサイアン・ムーア)、根本記者(石黒賢

明治維新後、文化の急激な西欧化によって日本の伝統的な美術が廃れつつある中で、日本の文化を信じ、日本画の再興と発展に貢献した岡倉天心とその弟子たちの苦難を描く。
岡倉天心生誕150周年・没後100周年記念映画であるとともに、茨城の復興支援映画でもある。映画の企画は震災前からあったが、震災によって北茨城市の五浦海岸に立つ天心所縁の文化財「六角堂」が流失し、これを復元しての撮影になったという。

天心は、東京美術学校(後の東京藝術大学)の校長として若い才能の育成に努めたが、西洋画派との対立やスキャンダルなどによって同校を辞し、その後日本美術学校を立ち上げる。が、やがて東京を追われ、茨城県北部の景勝地五浦海岸沿岸部に日本美術学校第一部(絵画部)を移設する。彼を慕う4人の弟子、横山大観菱田春草、下村観山、木村武山らがこれに従う。日本美術院が五浦の地にあったのは、1906(明治39)年からわずか4、5年のことだったらしいが、この地で彼らが貧困生活にあえぎながら絵の創作にいそしむ様子を描く場面が、映画の中で大きな部分を占めている。

五浦海岸の景観と、数々の名画(狩野芳崖の「悲母観音」、横山大観の「屈原」、武山の「阿房劫火」、菱田春草の「賢首菩薩」など)が実に美しくて見応えがある。

私は、美術に詳しいわけではなく、岡倉天心の名は聞いたことがあるが、画家でもないみたいだし、実際に何をした人かはよく知らなかった。映画でも、だいぶはしょっているので、細かいいきさつなどよくわからないことも多いが、日本近代美術界の思想家、鑑定家、評論家として優れた能力を発揮した人であり、釣り師の格好をして船頭と船を浮かべるなどけっこう変な人だったらしいということはわかった。
輪郭線を廃した無線描法を用いた大観や春草の画法は、「朦朧体」と揶揄されたという。天心に「霧の向こうを見たい」と言われ、春草が、色彩点描技法を用いて「賢首菩薩」を描きあげるところなど、何か大きな仕事をやったということがひしひしと伝わってくる。
実際、美術に詳しくない人には話がわからないという感想もあるようで、私も天心や弟子たちの経歴や、「無線描法」や「色彩点描技法」という用語などは映画を見た後に検索して知ったのだが、個人的には映画はこれくらい説明不足な方が、むしろ好きである。貧しいながらも想像力がかきたてられ、わからなかったところは自分で検索して調べることでより理解が深まるように思う。

天心が建てた六角堂は、地元の名所だったこともあって、故郷に住んでいたころに何度か観に行ったことがある。海岸の際に立っていて、足下に波が打ち寄せてくる、四畳半ほどの広さの赤い六角形の東屋である。所有管理している茨城大学によって復元された真新しい六角堂は、映画の中では天心が建てたばかりのそれとして登場する。これを何に使ったんだろうと、子どものころは思ったものだが、竹中直人の天心が寝転がって思索に耽っているのを見ると、こんなんしてたんだと思って想像が膨らんだ。
ほかでも、「復元」とか「再現」といったことを感じさせる映画である。
一葉の写真がある。おそらく、美術に詳しい人たちの間では有名な写真なのだろうと思う。五浦の日本美術院の明るいだだっ広い製作室で、4人の弟子たちが絵を描いているところを撮ったものだ。弟子たちはみな白装束に身を包み、床においた白い紙の前に横一列に並んで座っている。手前の武山が前かがみになって絵筆を手に何か描いていて、奥の3人、春草、大観、観山は、紙を前に正座している。春草だけがカメラの方に顔を向けている。この写真が撮影されたときのシーンが出てくる。なんということなく、ゆっくりと首をめぐらせてカメラの方を見る春草、その瞬間が写真となって固定される。
歴史上の人物を写した有名な写真の撮影現場を、伝記映画やドラマで再現するということはそんなに目新しいものではないし、私はこの写真の存在を全く知らなかった。それにも関わらず、ある時代のある刹那を記録にとどめるために写真が撮られ、その写真を手がかりに、逆に当時の建物や人々の様子が再現され、それを目にすることができる、このシーンは、そうしたことに対する興奮を改めて覚えさせてくれた。

件の写真は、こちらで見られます。
http://eiga-tenshin.com/official/archives/category/about_tenshin

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