映画「チャッピー」を見る(感想)

チャッピー CHAPPIE
2015年 アメリカ/メキシコ/南アフリカ 120分
監督:ニール・ブロムカンプ
出演:チャッピー(シャールト・コプリー)、ディオン・ウィルソン(デヴ・パテル)、ニンジャ(ニンジャ)、ヨーランディ(ヨーランディ)、アメリカ(ホセ・パブロ・カンティージョ)、ヴィンセント・ムーア(ヒュー・ジャックマン)、ミシェル・ブラッドリー(シガーニー・ウィーバー

★ネタバレあり★
2016年の南アフリカヨハネスブルク。多発する犯罪の取り締まりのため、市警は軍事企業テトラバール社が開発した警察ロボットを導入、犯罪は減少しつつあった。
ロボットを開発したエンジニア、ディオンは人工知能(AI)の開発に成功し、AI搭載の警察ロボットの製造を提案するが、社長のブラッドリーに却下される。
諦めきれないディオンは、激しい銃撃を受けて廃棄処分となった警察ロボット22号のボディをバンに積んで秘かに社外に持ち出し、試作品を作ろうとする。が、その途中で、ストリートギャングの“ニンジャ”の一味に襲われ、車ごと拉致される。ニンジャらは、現金輸送車襲撃を企み、警官ロボットの動きを止めるため、ディオンを誘拐したのだった。
ディオンは、ニンジャ一味のアジトで、AIを22号のボディに組み込んでAI搭載ロボット第一号を完成し、ニンジャの仲間で恋人のヨーランディにより、それは「チャッピー」と名付けられる。作られた直後は赤子同然だったチャッピーの“中身”は、急速に成長していく。
一方、元兵士のエンジニア、ヴィンセントは、人間の遠隔操作による大型戦闘ロボットを開発していたが、警官ロボットの起用により、採用を見送られていた。日の目を見たい彼は、コンピュータ操作によりウィルスをばらまき、市内に派遣されている警官ロボットの全てを一度に機能停止するという暴挙に出る。
街は大混乱に陥り、ギャングとヴィンセントが操る大型ロボットとチャッピーらの三巴の激闘が展開する。

赤ん坊から幼児、少年、ティーンエイジャーへと急速に成長していくチャッピーの変化が、おかしくも微笑ましい。半日離れていただけで、中身は幼児からティーンエイジャーになっているのに、それを知らずチキンのおもちゃを持ってあやそうとするディオンに対し、思春期のティーンエイジャーっぽく反抗的な態度をとるチャッピーがなんともかわいい。歩き方や喋り方をニンジャに教わっているから、なおさら行儀が悪いのがいい。
チャッピーに使われたボディは、銃撃を受けたことで胸部にあるバッテリー装着部分が焼けこげて本体とバッテリーのカセットが融けてくっついてしまったため、バッテリー交換ができなくなっている。つまり、バッテリーが切れると機能が停止してしまうのであり、5日間しか「生きられない」運命にある。
余命を宣告された無垢な子が大人社会のどろどろしたものに遭遇して傷つきながらも、身内のダディ(ニンジャ)、マミー(ヨーランディ)、創造主(ディオン)らを守ろうとする。泣ける話になっている。
チャッピーは、頭部に二つピンと立っているウサギのような耳を含め、造形も無邪気な中身もとてもかわいいし、自分と大切な人たちのために頑張るのもけなげだし、いろいろ思いついて頭もよくて、大活躍である。戦闘シーンも大迫力であり、肉体の変貌とか人間に翻弄される非人間といったことでは「第9地区」との共通性も感じるのだが、しかしインパクトはそれほどでもなかった。AIがどう成長するのか、単に子どもの属性としての無邪気さだけでなく、チャッピーの個性はあるのかということも気になった。エログロが控えめだ(日本公開に当たりカットされている部分もあるらしいが)とかではなく、私としてはもうちょっと手応えのあるドラマが見たかったという思いが残る。

おまけ:ニンジャとヨーランダーは役名そのままの南アフリカの「ダイ・アントワード」というグループのラッパー夫婦だそうで、ニンジャのズボンにあったカタカナ文字「テンション」は、アルバムのタイトルだそうです。