町おこし小説「海獣ダンス」を読む

海獣ダンス
山本甲士著(2012年) 小学館文庫
干潟のある小さな町で起こった町おこしプロジェクトを巡る物語。
長崎県との県境にある佐賀県のひなた町(架空の町であるが、諫早とかあのあたりっぽい)では、干潟の沖にちょくちょく姿を現す謎の水生生物のことが話題になっていた。町を挙げての一大プロジェクト、ヒナタグランプリの開催を間近に控えたある日、会場となる干潟の近くで、謎の海獣がついにその姿をはっきりと現す。居合わせた人々により、鮮明な写真が多数撮られる。海獣の正体は、どうやら「スナメリ」というネズミイルカ科の哺乳類であるらしい。専門家のお墨付きを得た町は、町長をはじめ役場を上げて「スナメリ」をメインに据えた町おこしプロジェクトに乗り出す。
商工観光課の若手職員出水英一が、プロジェクトの中心的な役割を担う。彼は、大手ビール会社の広告部を辞し、ひなた町役場に即戦力職員としてやってきて半年という経歴の持ち主だった。
そうした彼の経歴に興味を抱き、月刊誌の「人間カタログ」というシリーズ企画のひとつとして彼に目をつけたフリーライターの白銀力也は、密着取材の許可をとりつけ、出水の行く先々に同行する。
プロジェクトに熱意を見せる川尻町長は、元暴走族でカマボコ会社社長という異色の経歴を持つ男で、出水を高く評価し、出水も、形式にこだわらず、実践的で度量の大きい町長に信頼を抱いていた。
スタッフは、「スナメリ応援委員会」の立ち上げに動く一方、キャラクターグッズや着ぐるみの手配を行い、計画は着々と進んでいく。(会議におけるありがちな提案や、HPを用いた姑息な情報発信など、そのやり口には斬新さのかけらもなくて可笑しい。)ところが、やがてスナメリの本当の正体が明らかになり、計画は立ち上げ前から、破たんを余儀なくされる。
大手企業の広告戦略に疑問を覚え、敢えて田舎の役場の職員となった、まっすぐで有能な若者が生まれ故郷の活性化のために奮闘するという爽快な町おこし話かと思ったのだが、違った。
読み進むうちに、出水という男の瑕が少しずつ表に出てくる。4歳年下の従弟健人と女性を巡ってトラブルを起こし、そうして得た恋人とも既に別れていることがわかってきて、出水の性格に疑問を持つのだが、それだけでなく、町長や課長や白銀とのやり取りの間に示される出水の心のつぶやきは、必ずしもうんうんとうなづけるものでなく、彼の幾分尊大で迂闊でひとりよがりな部分を垣間見せている。健人との殴り合いに至っては、以前も恋人の取り合いで殴りあったことがあるとはいえ、その唐突で直情的な暴力行為に唖然とする。
貧乏でうだつがあがらなさそうな白銀は、可もなく不可もなく飄々として出水について回るばかりなのだが、決して馬鹿でなく、嫌みもなく、独特のペースで味わいをみせている。
着ぐるみに入った女子高生のマリちゃんや、ずっと出水に馬鹿にされっぱなしの江津課長が実はなかなかいい人というのもよかった。
スナメリの正体は、初めて出水らの前に姿を見せたときから、なんとなく思っていたような方向に行ったが、最後のダンスはどうなのか。奇蹟を目にしたアメリカ映画の登場人物のように、思わず”Impossible.”(ありえない。)とつぶやいてしまいたくなるような事態だが、出水らのように手放しで「万歳!」と叫ぶ気には、なぜかなれなかった。私が疑心暗鬼にすぎるのか。でも、そんなふうにもやもやと感じた方が、この小説には合っているんじゃないかとも思う。この著者の作品を読むのは初めてだが、ゆるくてもやもやした感じがいい感じという、小説全体が白銀の持つ雰囲気をまとっているようだ。

海獣ダンス (小学館文庫)

海獣ダンス (小学館文庫)