江戸川乱歩の「探偵小説の『謎』」を読む

探偵小説の「謎」
江戸川乱歩著(1956年) 社会思想社(現代教養文庫
ブックオフでみつけた。定価240円のものを400円で売っていたが、「希少本」というシールが貼ってあったので、つい買ってしまった。
江戸川乱歩による探偵小説の解説本。一人二役の犯人や人間以外の犯人など意外な犯人や、氷を始めとする意外な凶器、推理小説の王道である密室殺人など、様々なトリックを紹介している。
谷崎潤一郎の「途上」(「プロパビリティの殺人」の項)が読んだことがあるなと思っていると、ヘロドトスの「歴史」(「顔のない死体」の例)まで出てきたり、コンタクトレンズという名称もまだないころ(本書の初版が出たのが昭和31年)に犯人の偽装(変装)の手段として“メガネ代わりに目の中に入れるガラス”について言及していたりなど、古今東西に渡り縦横無尽に触角を伸ばしているのが、すごい。
後半に進むにつれて内容はさらに濃厚になっていく。
「犯罪心理」の項では、犯罪者の心理や性格を描いたものとして、「男の首」(シムノン)、「僧正殺人事件」(ヴァン・ダイン)、「赤毛のレドメイン家」(イーデン・フィルポッツ)を例に出している。犯人は、ニヒリストで道徳蔑視者で超絶的性格の持ち主であるとする。
暗号の章では、暗号のしくみと種類、解読法について説明。戦争のおかげで暗号記法が非常な発達を遂げ、自動計算機械で複雑な組合せを作るようになり、暗号解読の妙味がなくなって小説の材料には適さなくなったというのは、わかる気がする。
指紋の章では、最初に指紋による犯人判別が行われたのはいつごろで、それが推理小説に登場したのはいつかといった話。1880年、日本に住むイギリス人のフィールズ博士が、指紋を個人鑑別に利用してはどうかという論文を発表したそうだが、彼が、日本の石器時代の土器についた指紋や、日本に古くからあった爪印、拇印、手形などを研究してヒントを得たというのは、非常に興味深いことである。ちなみに、乱歩によれば、もっとも初期の指紋探偵小説は、マーク・トウェインの「ミシシッピ川の生活」(1883年)「抜けウィルソン」(1894年)、そして日本における帰化英人の講談師兼落語家快楽亭ブラックによる口述速記「幻燈」(1892年)だそうだ。
そして、「スリル」についての言及。推理小説のだいご味は、ただ、理屈を追って謎を解くだけでなく、そこに潜む「スリル」を堪能することにあるという。いまならサスペンスという言葉が適切なのだろうが、これこそあらゆるエンターティンメントの真髄ともいうべきもので、わが意を得たりといったところである。
「スリル」については、なんとドフトエフスキーの二つの主要作品から例を示している。1つは「罪と罰」のラスコーリニコフと書記官ザミヨートフとのくだり、もう1つは「カラマーゾフの兄弟」の長老ゾシマと殺人犯である紳士とのくだりである。つい、その部分だけでも読み返してみたくなるのだった。

探偵小説の「謎」 (現代教養文庫 137)

探偵小説の「謎」 (現代教養文庫 137)