「ドラゴン・タトゥーの女」原作を読んで映画2本を見た

ベストセラーとなったスウェーデン製のミステリー三部作の第一作目。
原作を読み、スウェーデン製のオリジナル映画を見たあと、公開中のアメリカのリメイク映画を見た。
比べてみると、ノールランド地方の孤島が舞台であることや、中年ジャーナリストと世界をことごとく敵に回しているような女性ハッカーがチームを組むという設定、これは原作のおもしろさ、ドラマとしてのメリハリはスウェーデンのオリジナル映画が、役者はアメリカ映画のダニエル・クレイグがよかったかなと、私は思った。
以下、小説、オリジナル映画、リメイク映画の順に感想を書いてみた。最後に原作と2本の映画の内容の違いについて何点か挙げた。
犯人の名指しはしていないが、他のネタばれはしているので、ご注意を!!


●小説
ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 Millennium MÄN SOM HANTAR KVINNON
スティーグ・ラーソン著(2005年)
ヘレンハルメ美穂・岩澤雅利訳 早川書房(上・下 2008年)
失意にある中年男性ジャーナリストと、背中に龍の刺青を彫った若い女性調査員が、スウェーデン、ノールランド地方の孤島で40年前に起こった美少女失踪事件の謎を追う。
経済ジャーナリスト、ミカエル・ブルムクヴィストは、大物実業家ヴェンネルストレムの不正を訴えた記事を書き、名誉毀損で訴えられる。有罪判決を受けた彼は、禁固3ヶ月の実刑執行を控え、共同経営していた経済誌「ミレニアム」の編集部を退く。
ミカエルは、ノールランド地方の孤島ヘーデビー島に住む、大企業グループの前会長ヘンリック・ヴァンゲルから、ある仕事を依頼される。表向きは、ヴァンゲル一族の評伝の執筆だが、真の狙いは、40年前に失踪したヘンリックの甥の娘ハリエットの行方を改めて調査することにあった。島へ渡る橋で事故が起き、密室状態にあった島で、彼女は忽然と姿を消した。ヘンリックは、ハリエットは何者かによって殺害されたと考え、40年間、独自に調査を続けてきたのだった。
ミカエルが裁判で有罪判決を受け、「ミレニアム」の共同経営者であり愛人であるエリカと今後のことを話し合い、ヘンリックの依頼によってヘーデビー島に滞在し、調査を開始する様子が、比較的のんびりと描かれる一方、セキュリティ会社で非常勤の調査員として働く風変わりな若い女性リスベット・サランデルが置かれている孤独で過酷な事情が示される。彼女は、身体のあちこちに刺青を入れてピアスをつけ、革ジャンを着てカワサキのバイクを乗り回す。優秀なリサーチャーであるが、パソコンを自在に使うハッカーでもある。過去になんらかの事件を起こし、後見人制度によって後見人をつけられている。(日本で言う、保護観察みたいなものか。)
調査において新たな手掛かりを得て、助手を必要としたミカエルは、ヴァンゲルの弁護士フルーデが、自分を雇う際に身上調査を依頼したリスベットの報告書を見てその有能さを認め、彼女に調査の協力を依頼する。
前半は、40年前の事件の説明と遅々として進まないミカエルの調査の様子に加えて、エリカとのちょっとうっとうしい愛人関係や島にきてから一族の一人セシリアとすぐさま深い仲になるといったミカエルの女性関係がえんえんと描かれたり、中途半端なところで3ヶ月弱の収監が差し挟まれたりなど、割ととりとめなく進む。
後半、リスベットとチームを組み、40年前の写真からハリエットが「見たもの」を探りあて、ハリエットが書き記した謎の番号から凶悪な連続殺人を解き明かしていく段になると、ミステリの醍醐味が出てきて、犯人との対決まで一気に読み進める。
謎や謎ときの方法としては、さほどの目新しさはなく、真相も途中から予想できないでもないのだが、リスベットとミカエルの、水と油のようでいて、意外としっくりいくチームがよく、楽しめる。
スウェーデンのノールウェイ地方という、あまりなじみない北欧の田舎の風景や雰囲気が新鮮でもあった。零下20〜30度という極寒の季節に調査が始まり、暖かい季節の訪れとともに、謎が解けていくというのもいい。
おまけ:ミカエルは、その取材力から「カッレくん」というあだ名をつけられていて、本人はこれを嫌っている。「名探偵カッレくん」は、子どものころ、夢中で読んだ。たいへんおもしろかった記憶がある。娘が小学生のころ、図書館で借りてきたので読み返してみたのだが、おもしろさは全く色あせていなかった。私は、極上の娯楽ミステリのひとつであると思う。

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

名探偵カッレくん (岩波少年文庫)

名探偵カッレくん (岩波少年文庫)


●オリジナル映画
ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女 MÄN SOM HANTAR KVINNON
2009年 スウェーデン/デンマーク/ドイツ 153分
監督:ニースル・アルデン・オプレブ
出演:ミカエル・ブルムクヴィスト(ミカエル・ニクヴィスト)、リスベット(ノオミ・ラパス) ヘンリック・ヴァンゲル(スヴェン=ベルティル・タウベ)、ハリエット・ヴァンゲル(ジュリア・スポーレ(少女時代)/エヴァ・フレーリング)、マルティン・ヴァンゲル(ペーター・ハーバー)、ディルク・フルーデ弁護士(イングヴァル・ヒルドヴァル)、グスタフ・モレル警部(ビヨルン・グラナート)、ニルス・ビュルマン弁護士(ペーター・アンデション)、プレイグ(トマス・ケーラー)
失意にある中年の経済ジャーナリストと、セキュリティ会社で働く孤独で風変わりな女性調査員が、スウェーデンのノールランド地方の孤島で40年前に起こった財閥の美少女失踪事件の謎を追う。
という筋書きは、原作とほぼ同じ。古い写真とハリエットが書き記した謎の番号から連続殺人犯に近づいていく過程も、解き明かされるハリエットの真相も、同様である。
が、やはり写真の件りは、小説で読むよりも、映像で見たほうがおもしろい。連写した白黒写真がぱらぱらと動いてパレードの日に何かをみつけたハリエットの表情が変わっていく様子に、ぞくぞくする。
以下に、原作と映画の違いをいくつか抜き出してみた。
・ハリエットが残した言葉が電話番号でなく、聖書のものであることに気づくのは、原作では宗教に興味を抱いているミカエルの娘だが、映画ではリスベット。とってつけたようにミカエルを訪ねてきた娘よりも、天才的ハッカーで、並はずれた記憶力を持つリスベットがこれに気づくという方が説得力はあるように感じた。
・リスベットとミカエルが出会うきっかけは、原作ではヘンリックの弁護士フルーデを通してミカエルがリスベットの存在を知り、調査員としての腕を評価して協力を求めることになっているが、映画では、リズベットは調査後もミカエルのことが気になってちょくちょく彼のパソコンに侵入していて、やがてハリエットが書き残した番号と聖書の関係に気づき、ミカエルのパソコンにメールを送ってヒントを与えるというもの。このメールを送る際、リスベットがためらった末にマウスをクリックして、やっちゃったぜという顔をするのがいい。
・映画では、ミカエルが、幼いころに一度会ったハリエットの若く美しい姿を何度となく思い出すが、原作ではハリエットに会った当時のミカエルは幼すぎて彼女のことを覚えていない。
・原作にあるミカエルの割と奔放な女性関係、「ミレニアム」の共同経営者であり編集長であるエリカとの夫公認の愛人関係や、ヘーデビー島でのヴァンゲル一族の一人セシルとの濃厚な関係は映画では一切描かれず、ミカエルは、リスベットとのみ関係を持つ。
・ハリエットの捜査に当たったモレル警部は、原作ではとうの昔に引退しているが、映画では定年を間近に控えてはいるものの、まだ現役。犯人の犯行発覚にあたっては、原作では公にされないが、映画では警察が介入する。
・原作では、リスベットは、何度となく施設にいる母に会いにいくが、映画では、ことが落着したあとに初めて面会に行く。また、原作の1作目では示されなかった、リスベットが少女時代に起こした事件が映画では示される。
・三ヶ月の禁固刑という実刑判決を受けたミカエルが収監されるのが、原作では調査の最中の中途半端な時期だが、映画では、ハリエット失踪事件が落着した後に収監され、出所後にヴェンネルストレム退治となる。
ということで、映画の方が、原作よりもだいぶメリハリのある作りとなっている。(原作のとりとめのない感じはそれはそれで好きではあるが。)
リスベット役のノオミ・ラパスは、原作の印象よりも骨太で大人っぽい感じがしたが、ぽかんとした表情などがよくて、これはこれでよいのかと思った。背中の龍の刺青が見えるのは一瞬で、あまりはっきり映し出されない。


●リメイク映画
ドラゴン・タトゥーの女 HE GIRL WITH THE DRAGON TATTOO
2011年 アメリカ 158分
監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:ミカエル(ダニエル・クレイグ)、リスベット・サランデル(ルーニー・マーラ)、ヘンリック・ヴァンゲル(クリストファー・プラマー/ジュリアン・サンズ[壮年期])、ディルク・フルーデ(スティーヴン・バーコフ)、マルティン・ヴァンゲル(ステラン・スカルスガルド/サイモン・レイズナー[十代])、ハリエット・ヴァンゲル(モア・ガーペンダル)、セシリア(ジェラルディン・ジェームズ)、アニタジョエリー・リチャードソン)、グスタフ・モレル元警部補(ドナルド・サンプター)、エリカ・ベルジュ(ロビン・ライト)、ドラガン・アルマンスキー(ゴラン・ヴィシュニック)、プレイグ(トニー・ウェイ)、ホルゲル・パルムグレン(ベンクトゥ・カールソン)、ニルス・ビュルマン(ヨリック・ヴァン・ヴァーヘニンゲン)、ハンス=エリック・ヴェンネルストレム(ウルフ・フリベリ)
こちらも、大体の筋書きは、原作やオリジナル映画とほぼ同じでる。
大きく違う点は、ミカエルが幼少のころにハリエットに会っていないこと、ミカエルが実刑判決を受けておらず、禁固刑に服さなくてもいいこと、リズベットは施設に母を訪ねず、元後見人のパルムグレンを見舞うこと、そしてラストのハリエットの居どころなどである。(詳しくは後述)
ハリエットが、失踪した日にパレードの行列の向こうに見つけた人物は誰か。彼女が書き記した番号が示す女性連続殺人の犯人は誰か。原作でもオリジナル映画でも焦点となるこの謎を、本作では、リスベットとダニエルが、それぞれ別の場所で同時に追及していく様子がカットバックして描かれる。ヴァンゲル・グループの資料室で、リスベットが、古い企業の記録をたどっていって連続殺人犯がだれであるかを突き止めていく一方、ゲストハウスでは、ミカエルがパレードの行列の写真とヘンリックの兄のハラルドが撮った一族の写真から、ハリエットがパレードの行列の向こうに見た人物が誰であるかを突き止めていく。リスベットが一族のある男を、ミカエルがその息子を、それぞれ追って行く。この時点では、特に誰かに危機が迫っているわけではないのだが、サスペンスフルでどきどきするカットバックだった。この後、一気に犯人との対決に突き進むのである。
ダニエル・クレイグの北欧の中年ジャーナリストがいい。これまで007(「007 慰めの報酬」)とエイリアンと戦うカウボーイ(「カウボーイ&エイリアン」)の役で見たが、私としては、今回が一番しっくりきた。原作のミカエルは女性に関してだいぶ節操がなく、オリジナル映画のミカエルは悪くないのだがだいぶ地味だった。ダニエルのミカエルは、適度にかっこよくて知的で頼りにもなるが情けないとこもあって良い感じだ。
リスベット役のルーニー・マーラは、オリジナル版のノオミ・ラパスより小柄で線が細い。原作やノオミのリスベットが、不遇な環境で育ち誤解を受けながらも強く生きてきたヒロインだったのに対し、マーラのリスベットは、とても危なっかしい感じがする。
原作でもオリジナル映画でも、ミカエルとリスベットのチームはそれぞれいい感じだったが、ここでもこの二人はいい感じだ。ただ、ミカエルにとってはミレニアム編集部が自分のいるべき場所で、そこに戻った彼を見るリスベットの思いは切ない。
セリフ:「わたしに触っていて。」
リスベット・サランデール(ルーニー・マーラ)の言葉。過酷な境遇に生きてきて、自分に近づくものに対しことごとく敵意をむき出しにしていたリスベットは、ミカエル(ダニエル・クレイグ)と会い、ともにハリエットの調査をしていくうちに、彼に心を開いていく。ハリエットの居所を知っているらしいアニタの回線をハッキングし、アニタのパソコン画面を二人で監視しているシーン。ミカエルは、画面を見つめるリスベットの後ろから彼女の肩に腕を回し、いっしょに画面を見ている。彼が、何気なくその手をほどこうとすると、リスベットが画面を見たまま、さりげなく言う。初めてミカエルに会ったときは、触ったらただじゃ置かないとばかりにスタンガンをジーンズのポケットに忍ばせていたことを思うと、リズベットの変わりようがいじらしく、かわいい。原文は、“Put your hand back in my shirt.”


●原作小説とスウェーデンのオリジナル映画とアメリカのリメイク映画の内容の違い
続けて見たので、比べてみた。前述の感想と重なるところもあるが、気づいたところをざっと挙げてみる。細かいところでは他にもいろいろあると思う。リメイク映画の方が、原作に忠実な点が多い。
○リメイク映画と原作の違う点
リメイク作品が原作と大きく違う点は、ミカエルが幼少のころにハリエットに会っていないこと、ミカエルが実刑判決を受けておらず、禁固刑に服さなくてもいいこと、リズベットは施設に母を訪ねず、元後見人のパルムグレンを見舞うこと、そしてラストのハリエットの居場所である。
・原作では、ミカエルは幼少のころ、家族で島に滞在し、ハリエットに会ったことがあるのだが、幼すぎて彼女のことを覚えていない。オリジナル映画では、ミカエルはハリエットのことを覚えていて、調査の最中に何度となく、若く美しい彼女の面影を思い浮かべる。本作ではそうしたことは一切出てこない。
・原作でもオリジナル映画でも、ミカエルは実刑判決を受ける。原作では、調査の途中に収監され、なんということもなく出所する。オリジナル映画では、ハリエット失踪事件が解決したあとに収監される。本作では、実刑判決は受けなくてよかったねということになっている。
・リスベットには、精神を患って施設で暮らしている母がいる。原作では、リスベットは何度となく母を訪ねる。オリジナル映画では、ハリエットは事件解決後に初めて母を訪ねる。本作では母は全く出てこず、リスベットは元後見人のパルムグレンが自宅で倒れているのを発見し、病院に運び、退院後に彼を見舞う。原作ではパルムグレンについては説明のみがなされていた。
・ハリエットの居どころについては、原作でもオリジナルでもオーストラリアの牧場となっているが、リメイクだけが、ロンドンになっている。なぜこうしたのか、あまりよくわからない。寒々とした北欧の風景から一転して、オーストラリアの明るい広野の風景が出てくるのは、大変気持ちがいいのだが。リメイク作品のフィンチャー監督が、ハリエットは、日焼けした精悍な女牧場主よりも、色白のエレガントな女性でいてほしかったということなのか、などと思ってしまう。
・ハリエットの従姉妹のセシリアとアニタの姉妹は、原作とオリジナル映画では仲がいいが、リメイク作品では不仲である。アニタが島での暮らしを嫌い、親族との連絡を一切断っているという辺りで、ハリエットのことが、なんとなくわかったように思えたのだった。
○原作とリメイク映画では同じだが、オリジナル映画では違っている点
オリジナル映画では原作と変えた点を、リメイクでは原作通りに描いているところが結構ある。
・原作とリメイクでは、ハリエットの書き記した謎の番号を聖書と結びつけるのは、ミカエルの娘である。オリジナル映画では、ミカエルのパソコンをハッキングしていたリスベットが、番号の謎に気づき、このことをメールで知らせたたことがきっかけとなって、ミカエルはリズベットと出会う。が、リメイクでは、原作と同様、ミカエルはヘンリックの弁護士フルーデとセキュリティ会社の社長アルマンスキーを通して彼女の存在を知ることになる。
・ミレニアムの編集長エリカとのミカエルとの愛人関係は、オリジナルではあまりはっきり示されなかったが、リメイクでははっきり示される。が、原作のように、エリカの夫公認であるかどうかは定かではない。
・原作では、ミカエルは、島に来て割とすぐヴァンゲル一族のセシリアと関係を持つが、オリジナルでもリメイクでもそれはない。リメイクではむしろミカエルはセシリアに疎まれている。
・絵に描いたような卑劣漢ビュルマン弁護士に制裁するためリスベットが施す刺青は、オリジナルでは当然スウェーデン語だったが、リメイクでは、舞台はスウェーデンなのだがアメリカ映画なので英語だった。
・モレル警部は、原作とリメイクではヘンリックと同年代で、とうの昔に引退しているが、オリジナル映画では、定年を間近に控えつつも、まだ現役である。
・原作とリメイクでは、危機にある「ミレニアム」社に、ヘンリックが経営上の支援を申し出る話がある。オリジナル映画にはそうしたビジネスがらみの話は出てこない。
○リスベットの過去
・リスベットの過去は、小説第一作でははっきり示されない。オリジナル映画では、彼女が父親らしき男が乗った車に火を放ち、また母が彼女に父のことで謝罪するシーンがある。リメイクでは、リスベットがミカエルに対し、自らの過去を語る。