「iPS細胞 世紀の発見が医療を変える」を読む

2008年9月に書いた感想文。文系の頭でなんとか中身をまとめようとしたんですが、あんまりうまくいかなかったように思います。山中教授ノーベル賞受賞に乗じてアップしてみました。
ES細胞やiPS細胞について、いろいろ説明してくれているのだけど、この本を読んで私が一番強烈に覚えているのは、1秒に何百万個もの細胞を作り出す幹細胞(造血幹細胞)の働きと、「大便に含まれるものの6割は水だが、2番目に多いのは死んだ胃や腸の細胞の死骸で、次が食物の消化吸収を助ける大腸内細菌の死骸、食べ物のカスは最も少ない」という事実でした。
それ以来、○○ちを目にすると、「細胞の死骸」と思うのです(^^; 


iPS細胞 世紀の発見が医療を変える
八代嘉美著(2008年) 平凡社新書


東大大学院医学系研究科博士課程に在籍中の生物科学研究者による万能細胞の解説。
生物と無生物のあいだ」にちらと出てきたES細胞。身体のどの部分の細胞にもなりうるというES細胞の存在は気になるところであったのだが、本書は、このES細胞と、最近世間で話題になった京大の山中教授らによるiPS細胞について噛み砕いて説明している。(iPS細胞:induced pluripotent stem cells 人工多能性幹細胞
また、生物の身体の内部で起こっている再生活動のしくみにも言及していて、興味深い。
2007年11月のニュースで世の中に知れ渡ったiPS細胞。人の皮膚からどのような種類の細胞も作り出せる万能細胞ができるという、再生医療に大きな可能性を示唆する内容のニュースだった。


著者はまず、人の「発生」、受精卵の細胞分裂から話を始める。一つの細胞だった受精卵は分裂を繰り返し、3日目に桑実胚と呼ばれる桑の実状のものとなり、5日目には胚盤胞と呼ばれ、シュークリームの皮のような栄養外胚葉と、中身のカスタードのような内部細胞塊に分かれる。
内部細胞塊の細胞は、やがて3種類の胚葉という細胞に変化し、外胚葉は皮膚や神経に、中胚葉は血管や骨や筋肉に、内胚葉は肝臓などの臓器に、というように胎児の中で形作るべき組織、細胞がおおまかに決まっていく。それまでなんにでもなれた筈の細胞が胚葉に分かれると、もはや別の胚葉からつくられる細胞になることはできない。これを分化という。
分化の途中では、身体のそれぞれの部分に不必要な遺伝子に鍵をかけるタンパク質(メチル基)が働き、「メチル化」されていく。分化が進むほどメチル化はすすみ、逆戻りはできない。唯一、逆戻り(初期化)できる方法は、分化した細胞の核を卵子に移植するというものだが、これはクローンの作製技術である。
この発生の、途中段階に登場する胚盤胞の内部細胞塊、これからなんにでもなれるはずの細胞塊を取り出し、培養したものをES細胞と呼ぶ。ES細胞は、培養皿の中で、あらゆる細胞を作り出す能力を維持したまま(つまり未分化のまま)、放っておくと半永久的に分裂し増え続けるという。(この未分化性を維持させているのは、Nanogと呼ばれる遺伝子の働きによるものらしい。)正式には、Embryonic Stem Cell、胚性幹細胞と言われ、この名称に「胚性」と「幹」という二つの性質が示されている。


「幹細胞」とは、1)分化する能力を持っていて自分とは異なる形態や機能を持つ細胞を作り出す、2)分化する能力を維持したままで分裂し自分と同じ性質を持った細胞を増やす、という二つのことができる細胞である。神経幹細胞、肝幹細胞、造血幹細胞などがある。例えば、造血幹細胞は、赤血球(寿命約120日)、白血球(寿命数時間から数日)、血小板(寿命約10日)を常に補充する。1日に約2000億個の赤血球と血小板、約700億個の好中球(白血球の約6割を占める白血球の一つ。体内に侵入した細菌を飲み込んで殺菌を行い、感染を防ぐ)を産出、1秒に約200万個の細胞を作り出す。また、小腸幹細胞は、小腸の細胞を絶えず供給している。小腸は、酸性度の高い消化液やスパイスなどの刺激物など様々なストレスにさらされているため、細胞の入れ替えが激しい。(ちなみに大便に含まれるものの6割は水だが、2番目に多いのは死んだ胃や腸の細胞の死骸、次が食物の消化吸収を助ける大腸内細菌の死骸、食べ物のカスは最も少ないのだという。)
幹細胞の分裂は、細胞に情報を与える伝達物質サイトカインによって調整される。サイトカインは、幹細胞による増殖や分化のバランスをとり、この働きによって幹細胞は動きをとめて冬眠したり目覚めたりを繰り返す。幹細胞は数が非常に少なく、見つけるのが困難な細胞である。


ES細胞再生医療に利用するには、いくつかの障害があった。胚をこわすということで人道上の問題があり、また、他者の卵細胞からの移植は拒絶反応を起こす。これを解消するためにはクローン胚をつくればいいのだが、人道上から、またこれまでの経験から原因は不明だがクローン胚から健康体の子どもが生まれてくる確率が低い、といった問題がある。
山中教授らが成功させたヒトiPS細胞は、ヒトの皮膚などの細胞からでき、しかも自分の細胞を使えば拒絶反応もない、という特長をを持つものである。
山中教授らは、ES細胞の、未分化な状態をたもちながら増殖するという特有の性質は、ES細胞だけが持っているタンパク質の働きによって起こると考えた。かれらは、ES細胞で特異的につくられている多数の遺伝子をリストアップし、増殖能力や未分化維持に関わる遺伝子を絞り込んでいった。やがて最終的に残った4つの遺伝子を取り込むことによって、例えば皮膚の細胞がiPS細胞になる。この特別な能力を持つ遺伝子は、発見者の山中教授の名をとって山中ファクターと呼ばれる。ただし、ウィルスを使った遺伝子の入れ込み操作や、導入する遺伝子自体の問題など、人間の治療に応用するには、解決しなければならないことがまだまだたくさんあるとのことだ。(2008年9月)

iPS細胞 世紀の発見が医療を変える (平凡社新書)

iPS細胞 世紀の発見が医療を変える (平凡社新書)