「55歳からのハローライフ」を読む

NHKでドラマ化されたので、以前書いた原作についての文を載せてみた。

●55歳からのハローライフ

村上龍著(2012年) 幻冬舎
様々な環境にある50代後半から60歳くらいの年代の男女が、家族や友人との関わりを中心に、これまでの人生とこれからの人生に思いを巡らす姿を描いた中編集。
登場人物は、女性より男性に対しての方がずっと感情移入しやすかった。二話目がだんとつによかった。
それぞれの物語になにかしらの飲み物が出てくる。(2013.8)

★あらすじについてかなり書いちゃってます!


★結婚相談所

58歳の中米志津子は、4年前に夫と離婚し、派遣でスーパーなどの試食販売の仕事をして生活している。経済的な不安もあり、婚活を始める。結婚相談所で紹介され何人かの男性に会うが、どうもぴんとこない。ある日、ホテルのレストランで失恋したての若者と出会う。
志津子は、紅茶のアールグレイを愛飲している。

★空を飛ぶ夢をもう一度
タイトルの軟弱さにだまされてはだめだ。切実で誠実な思いにあふれた佳作である。
埼玉県新座市に住む還暦間際の因藤茂雄は、6年前に長年勤めた小さな出版会社をリストラされた。妻はスーパーでレジのパートを始めるが、因藤は再就職先がみつからず、人材派遣会社に登録して工事現場の誘導員などの仕事をしている。大学生の一人息子を抱え、生活はかつかつだ。
ある日、仕事先の工事現場で自分をじっと見つめる男がいることに気づく。黒いニット帽をかぶり、黒い外套をまとったその男は、「笑ゥせぇるすまん」に似ていた。やがて、男は因藤に声をかけてきて、佐賀県鳥栖市の中学校で同級だった友人の福田貞夫だと名乗る。30年以上経って再会した2人の男。福田は、因藤よりもさらにずっと辛く厳しい状況にあった。
再会からしばらく後、腰痛に見舞われ仕事を休んでいた因藤は、福田が山谷の宿で病気で死に掛けていることを知る。因藤は、福田を、絶縁中だという母親が住む家へ連れて行く決心をする。
山谷から川崎市宮前区までの困難な旅が始まる。山谷からタクシーで東京駅へ。東京駅から高速バスで東名向ヶ丘へ。東名向ヶ丘から路線バスで、福田の母が住む宮前平へという道程だが、これだけの距離が二人にとっては気が遠くなるほど遠い。福田は、自力で立ち上がる事もできないくらい弱っている病気のホームレス、垂れ流し状態で異臭を放っている。因藤はだいぶ回復したとはいえ腰痛を抱えているため、無理な姿勢はとれない。家を出るときに妻が3万円もたせてくれたが、出費はできるだけ避けたい。因藤は福田の体を支え、どうにかタクシーを拾うが、福田は車内で嘔吐する。東京駅に着くと、タクシーを降りた場所からバス乗り場までがまた遠い。高速バスでは、福田が元からの異臭のうえに失禁してしまい、乗客に嫌がられまくる。
汗とか糞尿とか臭いとかやたら出てきて顔をしかめたくなるが、生体が当然発せざるを得ないそういったものに対し、私たちはもう少し寛容になってもいいんじゃないかという気にさせられる。
記憶の底から徐々に蘇える中学時代の友人との思い出。旧知をなんとかして死ぬ前に家族に会わせてやろうともがく因藤と、因藤の親切にひたすら感謝する福田。2人のおじさんの友情に胸が熱くなった。
因藤は、中学生のころから天然水を入れた水筒を持ち歩いている。福田が、工事現場でみかけた男を因藤と確信したのも、因藤が肩から提げていた水筒が決め手となったのだった。

★キャンピングカー
大手家具メーカーのバリバリの営業マンだった富裕太郎は、会社の早期退職に応じ、58歳で定年を迎えた。
彼にはある計画があった。退職金でキャンピングカーを購入して、妻と共に全国を旅行するというものだ。だが、彼が思いもよらなかったことに、妻は計画に乗り気でなく、あっさりと夢は破れてしまう。
富裕は、娘の勧めで再就職を試みるが、会社時代の力関係が身にしみついている富裕は、就職口を依頼するかつての取引先に対しても、就職相談所のスタッフに対しても上から目線で接してしまい、どうにもうまくいかず、中高年の再就職がいかに難しいものであるかを思い知らされることになる。
徐々に精神に異常をきたし始めた彼は、心療内科を訪れ、若い真面目そうな医師に、夫婦や親子でもその人固有の“自分の時間”があり、他の人間は勝手にいじれない、そのことに気づいたはいいが、それを受け入れるには時間がかかるのだと言われるのであった。相手の気持ちなどお構いなしに、自分で勝手になんでも決めようとする人って確かにいるよねと思った。
富裕が自宅二階の広めのベランダで白木のデッキチェアに座って飲むのは自分で入れたコーヒー。

★ペットロス
高巻淑子(59歳くらいか)は、6年前、息子が結婚して海外転勤になり、夫と二人暮らしになった。無口で冷淡で、定年後は自室にこもってパソコンでブログばかり書いている夫との関係は冷えていた。淑子は、夫の反対を押して柴犬のボビーを飼い、それからはボビーが心の支えとなった。
飼い主仲間のヨシダさんは、有名なデザイナーだが、気さくで明るい人気者だった。淑子は、雨の日、他に散歩者がいないときに彼と公園で話をするのを楽しみにしていた。
ある日、ボビーが心臓の病気を患い、余命いくばくもないことを知る。愛犬を失う悲しみに日々憔悴していった淑子は、夫から思いがけず、やさしい言葉をかけられて戸惑う。
冷淡な夫は、実は無口で照れ屋のおじさんだとわかるのだった。
淑子が公園でヨシダさんと飲むのは、中国のプーアル茶

★トラベルヘルパー
元トラック運転手で60歳独身の下総源一は、いきつけの古書店で堀切彩子(50歳くらい)と知り合う。彩子は、古い日本映画に出てくるような楚々とした雰囲気の女性(原節子あたりをイメージしているのか)。下総は一目見て彼女に心を引かれ、その後、ファミレスでのデートを重ねる。
下総は、5歳のとき両親が離婚し、一時期三重県志摩町の和具で海女をしていた祖母のところに身を寄せていた。にぎやかで活気に満ちた海女小屋で時を過ごすうち、内気な少年だった彼は、ものすごいおしゃべり小僧に変身する。
彼は、長距離トラックが大活躍していた時代にドライバーとして大いに働き、物を運ぶ仕事に誇りを持っている。
やがて、彩子から突然別れを告げられる。が、どうしても彼女への思いを捨てきれない下総は、トラックの運転手にしかできないロマンティックな愛の告白プロジェクトを企てるが、敢えなく失敗。
傷心のまま祖母と暮らした和具を訪れる。
下総が三河内焼の茶碗で飲むのは、狭山の新茶などの日本茶。彩子がファミレスで飲むのは、パラダイストロピカルアイスティ。