高齢者ハードボイルド「もう年はとれない」を読む

もう年はとれない Don’t Ever Got Old
ダニエル・フリードマン著(2012)
野口百合子訳 創元推理文庫(2014)

★ネタバレあり!!★

87歳(途中で88歳になる)の元刑事が、孫とともに元ナチス将校が持ち逃げした金塊の行方を追う、後期高齢者宝探し冒険ハードボイルドミステリー。
テネシー州メンフィスで余生を送るユダヤアメリカ人バックことバルーク・シャッツは、第二次世界大戦中、ポーランドのヘルムノ捕虜収容所で、ナチス親衛隊将校ハインリヒ・ジーグラーに虐待され、死にかけた過去を持つ。メンフィス署殺人課で何かというと357マグナムをぶっ放す名物刑事として知られ(ダーティハリーの役作りのためにクリント・イーストウッドが一日中ついてきたという話は嘘だが、ユダヤ人の監督のドン・シーゲルが電話でいくつかの質問をしてきたというのは本当だそうだ)、35年前に引退。数年前に息子のブライアンを亡くし、妻のローズと暮らし、ニューヨークの大学に行っている孫のテキーラ(ビリー)が時々顔を見せにくる。
ある日、捕虜収容所でいっしょだったジム・ウォレスが危篤状態に陥り、息を引き取る間際に、処刑されたはずのジーグラーナチスの金塊を持ち出して逃げおおせたことをバックに伝える。
テキーラの機転で、ジーグラーがメンフィスからそう遠くないミズーリ州セントルイスに住んでいることを知ったバックは、テキーラとともに、ジーグラーが隠し持つ金の延べ棒を奪う旅に出ようとするが、ジムの娘婿のノリス、牧師のカインド、イスラエル離散民省職員で巨漢のスタインブラット、カジノ集金部長のプラットなど、お宝を狙う男たちが次々に現れ、やがて殺人事件が起こる。
ナチスの捕虜収容所にいた経験を持つ者を主人公とするためには、87歳という年齢が必要であり、今がその内容で現代劇としてドラマが成り立つぎりぎりの時代である。収容所でひどい目にあったユダヤ系の元刑事。存命している仇敵のナチス将校と金の延べ棒。宝を狙って鵜の目鷹の目の男たち。連続して起こる凄惨な殺人事件。死んだ息子とも自分を気にかけてくれる孫ともいまいち素直に心を通わせられないタフで皮肉屋のじいさん。設定は実に秀逸、バックと他の人々のやりとりは、辛辣でユーモアがあって気が利いている。
が、話の展開はいまひとつ。貸金庫であっさり金の延べ棒がみつかってしまって気が抜けた。やっと開けたら貸金庫は空っぽだった!という定石を外したのだろうが、それでおもしろいかと言えば、やはりあまりおもしろいとは思えない。
メンフィス署の刑事ジェニングスとのやりとりはなかなか興味深かったのだが、ジェニングスの立ち位置がいまひとつはっきりしないと思っていたら、ああいうことになってしまい、これもなんか釈然としない。釈然としないのは、ハードボイルドではお馴染みのことなのだが、尻つぼみの感じだ。せっかくのこんなにいい設定がもったいないと感じた。
でも、バックは、たしかに愛すべき最高齢のヒーローではある。血液抗凝固剤を服用し、認知症が始まっているかもしれないため記憶帳に「忘れたくないこと」を記しながらも、自分が手入れをしていた家の芝生が他の者に管理を任せた後でも青々としていることに毒づき、父(バックの息子)の死で傷ついているところを見せるテキーラに毒づき、金を狙って近づいてくる男たちに毒づき、インターネットや携帯電話が苦手で「GPS」のアルファベット3文字が覚えられず、誕生日のサプライズ・パーティの考案者を憎み、ラッキーストライクを所構わず吸いまくる。
それでも離婚せず長年連れ添った奥さんがいるのがこの手のものとしては珍しく、しかも、妻のローズが倒れて入院するととたんにおたおたするのがなんとも憎めない。
戦時中、ノルマンディ上陸作戦前夜にアイゼンハワー将軍からじかに聞いた生き残るための秘訣「兵士よ。しがみつくものがなくなったときには、きみの銃をしっかりと握っておけ」を忠実に守り、357マグナムを肌身離さず身につけていたことがものをいうラストはなかなかよい。
ジーグラーが惚けているというのはありがちな展開だが、裏切り者だったジム・ウォレスに対し死ぬ間際まで辛辣だったバックが葬式で彼を許したり、ラストのラスト、犯人の葬式で故人に恩義を感じている若者が追悼の辞を述べるなど、全体を通じて完膚無きまでに悪をやっつけるというわけでなく、ほろ苦い余韻を残すのは、ハードボイルドっぽかった。

もう年はとれない (創元推理文庫)

もう年はとれない (創元推理文庫)