小説「スナイパーの誇り」を読む

スナイパーの誇り Sniper’s Honor
スティーヴン・ハンター著(2014)
公手成幸訳 扶桑社ミステリー文庫(上・下)(2015)

★ネタバレあり!!

第二次世界大戦中、ソ連赤軍に「白い魔女」と呼ばれる女狙撃手がいた。リュドミラ(ミリ)・ペトロワというその名は、しかし、1944年7月以降、ふっつりと記録から消えてなくなる。モスクワ滞在のジャーナリスト、キャシーから相談を受けたボブ・リー・スワガーは、モスクワに飛び、70年前に謎の失踪を遂げた美貌の女狙撃手の消息を追う。
二人は古い記録を辿り、ミリが、ソ連共産党の高官、スターリンの右腕と言われたクルロフの指令により、1944年7月、ウクライナにいたナチス親衛隊上級指導者グレドゥルの暗殺という特殊任務についていたことを突き止める。
現代と過去のできごとが同時進行する作劇法は、著者お得意のものであるが、今回は、ボブとキャシーが登場する現代部分はだいぶ薄く、おもにウクライナでのソ連赤軍の進軍とそれによるドイツ軍撤退を巡る戦闘が中心となっている。それぞれの時代において複数の立場から場面が描かれるので、込み入っている。
1944年のウクライナでは、クルロフからグレドゥル暗殺の指令を受けたミリが、パルチザンのメンバーと行動を共にし、ドイツ軍の襲撃を受けて山中に身を隠しつつも任務を果たそうとする様子と、ドイツ軍側ではグレドゥルと警察大隊の隊長であるムスリムの大尉サリドと、さらに別働隊のドイツ軍降下猟兵師団を率いるフォン・ドゥレールのそれぞれの戦場での役割と戦いぶりが示され、やがてソ連軍内に独軍のスパイがいることが判明し、ミリに魔の手が伸びる。
現代では、ミリの消息を追うボブとキャシーが正体不明の敵に襲われる話に、イスラエル諜報機関モサド職員のガーション・ゴールドがある企業の不可思議な動きを追うエピソードがさしはさまれ、さらに途中からキャシーの依頼により別行動でデータを探す夫のウィルの話も加わってくる。
前半は、絶世の美女の狙撃手にボブもソ連軍もドイツ軍もいろめきたつ設定にいまいち乗れず、グレドゥルやサリドの説明部分やどうつながるかわからないゴールド部分の挿入もあって、読み進むのに手こずった。後半になると、ミリの狙撃場面まで、一気に盛り上がっていく。
1944年の戦場では、敵味方、ユニークな人物が入り乱れる。グレドゥルとサリドが憎むべき敵軍であるのに対し、ドゥレールの師団は最初からプロの仕事をする好漢揃いに描かれていて、ドイツ人というよりアメリカ人ぽい。ミリと行動をともにする「先生(教師)」と呼ばれるパルチザンのメンバーがまた謎めいていて、最後に意外な正体を明かす。
ボブの捜査においては70年前に発砲された弾丸の薬莢が川底で見つかったり、ミリの狙撃場面を描いた絵皿があったり、また武器をなくしたミリがイギリス軍が隠し置いた銃エンフィールドNo.4(T)をみつけるなど、都合のよすぎる展開が多々みられるし、ドゥレールとミリの行く末もちょっと何だかなという感じがしないでもないが、そこはつじつま合わせの名人の腕の見せどころと思うことにする。
射程距離500メートルのモシン・ナガン91というライフルを所持していたはずのミリがなぜ1000メートル先の標的を撃てたのか。ボブは、ここでも狙撃手としての経験を生かし、ライフルの射程距離から真相を突き止めていく。
ミリが、1947年7月に実際にあったクルスクの戦いを思い出すシーンがある。すさまじい戦車戦の描写は、かなり強烈だった。

スナイパーの誇り(上) (扶桑社ミステリー)

スナイパーの誇り(上) (扶桑社ミステリー)

スナイパーの誇り(下) (扶桑社ミステリー)

スナイパーの誇り(下) (扶桑社ミステリー)

スワガー・シリーズ(活劇ノート)
http://members.jcom.home.ne.jp/mich/book/advbukyo/bookadv2.html