映画「この世界の片隅に」を見る(感想)

この世界の片隅に
2016年 日本 公開:東京テアトル 126分 アニメーション
監督:片淵須直
原作:こうの史代
声の出演:北條(浦野)すず(のん)、北條周作(細谷佳正)、黒村晴美(稲葉菜月)、黒村径子(尾身美詞)、北條円太郎(牛山茂)、北條サン(新谷真弓)、水原哲(小野大輔)、浦野すみ(潘めぐみ)、白木リン(岩井七世)、澁谷天外(?)

★割とそれなりの評価です
太平洋戦争下の広島県呉市を舞台に、厳しい状況の中で、明るくひたむきに生きる若い女性すずの姿を描く。
広島市の江波で生まれ育った18歳のすずは、突然持ち上がった縁談によって、隣の呉市の北條家に嫁ぐ。のんびりした性格のすずは、与えられた環境の中で一生懸命働き、新しい家族との暮らしを営んでいく。が、戦争によって生活はどんどん苦しくなり、やがて呉は頻繁に空襲を受け、広島には原爆が投下される。
大変評判の良い作品である。良くできているし、のんの声の出演もだいぶいいと思うが、しかし、申し訳ないことに、釈然としないものが残ったというのが私の正直な感想である。

若い人たちがこれを見て戦争について知ったり考えたりするのはよいことだと思うが、逆に例えば、私のようにちょっとでも戦争の影響を受けた世代、戦時中の経験はなくても、子どものころ親にとって戦争は直近の過去であり、戦争の跡は日常の様々なところに残されていて、朝ドラにもマンガにも戦争は当然あったものとして組み込まれていた、そんな世代にとってはどうなのかと思ったのだが、知り合いの同年代の男性でこれを見た人は、だれもかれもが称賛しているのだった。
でも、わたしにとって、このほわほわした作風は口当たりがよすぎる。そしてその口当たりのよさの裏に隠されたものを読み取ろうとすると、底なし沼にはまってしまう。
例えば、すずの置かれた状況は空襲が始まる前から過酷である。見知らぬ家に嫁ぎ、義母が病気がちなため家事や農作業など一切の労働をこなさなくてはならなくなった。朝から晩まで、好きな絵を描く時間もなく、ハゲができるほどのストレスを抱えて。他人の家の台所がいかにわかりにくいものか、妊娠したと思ったら間違いだったとわかった時の義父母に対するバツの悪さがいかほどのものか。原作は読んでいないが、作者は女性なのでそうした女性目線の細部がいろいろあるような気がするが、映画ではハゲができたことや妊娠が勘違いだったことは一見笑い話にしかなっていない。当時の嫁はみんなこんなものだったし、すずはのんびり屋だからそれでも楽しくやっていけているのだということですませ、やがて起こる凄惨なできごとと対比して、「おだやかな日常」とか「つましくも心豊かな生活」的な物言いをされているのが、なんだか釈然としない。映画全体を通して、辛い状況を少しでも明るく見せるために、すずはのんびり屋だからという性格設定におもねすぎていないか。
また、周作が、水原とすずを夜二人きりにすることについて、水原に嫉妬を抱きつつもすずの気持ちを気遣って複雑な思いであのような行動に出たという見解が、レビューなどでよく見られる。原作を読んだ人は、実は、周作はリンの客で、疚しさを感じた周作があのような行動に出たという見方もあるようなのだが、映画ではそうした関わりは出てこないので、それはないものとしてみれば、周作は、すずへの気遣いだけでなく水原への気遣いもあったと思う。水原はこれから戦地へ赴く兵士である。生きて帰ってこられないかもしれない最後の夜に、家族や仲間と過ごさず、わざわざすずの嫁ぎ先を訪ねたのは、どうしてもすずに会いたかったからではないか。文官で戦地に行かない周作は、多かれ少なかれ引け目を感じ、水原のためにすずとの時間を与えたとは考えられないか。
監督は私と同い年である。子どものころは、昭和だったはずで、昭和の大人たちのがちゃがちゃした感じ、暑苦しく、デリカシーの欠片もない感じ(けなしているつもりでないし、もちろんそんな人たちばかりだったわけではない)はたぶん知っているのではないかと思うのだが、呉の北條家の人たちは、みんなおだやかで、紳士的だ。義姉の径子もきっぱりした性格ではあるが、基本的に気配りのある人だ。みんないい人すぎるというよりは、なんか記憶にある昭和の人の顔をしていない。平成生まれの若い人たちが入りやすいようにそうしたのだろうか。それとも私が知っているのは関東(茨城)の方の気質で、関西はもっとおだやかだったのだろうか。でも、昭和の顔はしていなくても、価値観は昭和初期だから、嫁が朝から晩まで働くのは当たり前だと思っているのだが、その辺りははっきりは示されない。それが却って意地悪く思えてしまう。

火垂るの墓」がしばしば引き合いに出されているが、見たことがあれば当然思い出す映画である。戦争の酷薄さを訴え、悲惨な状況をストレートに表していて、観た後にはなんともやりきれない思いが残る。希望はあった方がいいが、しかし、言いにくいことをストレートに伝えている「火垂るの墓」の方がわたしはむしろ心が落ち着く。本作のオブラートに包んでやさしく伝えてくれるような手法には、どうも乗り切れなかった。

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス)

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