「下町ロケット」を読む

下町ロケット
池井戸潤著(2010年) 小学館


大田区にある中小企業が、会社の存亡をかけて、大企業とのせめぎ合いを繰り広げる痛快企業小説。

★以下ねたばれあります。


佃製作所は、自社工場でエンジンを開発製造している精密機械メーカーである。社長の佃は、元は宇宙科学開発機構の技術者だったが、彼の開発したエンジンを搭載したロケットの打ち上げが失敗したことから、引退して父の工場を引き継いでいた。


佃製作所は、大口の取引先から突然取引停止を宣告されたところへ、ナカシマ工業という競合相手の大手製造会社からいわれのない特許侵害の訴訟を起こされ、窮地に陥る。佃は、特許訴訟に詳しい弁護士神谷を代理人とし、ナカシマの謀略に立ち向かう。が、この話は前半で収束する。


訴訟の話においては特許侵害の具体的内容は示されず、問題は解決の方向へ。ここで神谷弁護士から、これまでの特許を見直した方がいいというアドバイスがあったことで次の展開へとつながるのだが、話は別の内容のものとなっていく。


佃製作所が特許を持つ水素エンジンのバルブシステムを巡って、大企業の帝国重工とのかけひきが展開されることになる。
帝国重工は莫大な開発資金を投入してロケット用の水素エンジンを開発するが、特許はすでに佃製作所が取得していた。
下町の中小企業に先を越されたことを知って愕然とした帝国重工側は、佃に対し、特許譲渡、最悪でも特許独占使用契約を要求する。
これに対し、社長の佃は、メーカーとしての意地をみせ(実は別れた妻に言われて思い立ったのだが)、部品供給契約を提案、それ以外の要求をつっぱねる。
営業部や経理部の社員たちは、普段から、せっかくの売上が自分達に還元されず、売れるあてのないロケットエンジンの開発に費やされていることを快く思っていなかった。資金繰りの厳しさが続く中、すぐに利益が得られる特許譲渡あるいは特許独占契約を退け、部品供給契約に固執する社長の対応は彼らの反感を呼び、佃と社員たちとの溝が深まっていく。


佃製作所内部の話と並行して、取引相手の財前部長を中心とする、帝国重工側の社員の確執や画策も描かれて、俄然おもしろくなる。


佃製作所では、研究員であったころの夢を捨て切れない佃が経営者として一徹なところを見せるが、他にも、営業部や経理部のやんちゃな若手社員が社長につっかかりつつも社員としてのプライドに目覚めたり、銀行から出向してきた気の弱そうな経理部長がここぞいうところで胸のすく発言をしたり、社員たちの魅力があちこちで爆発し、やがて彼らが団結して帝国重工に立ち向かって行く様子がさわやかに描かれる。


部品供給契約に当たって、帝国重工は、佃に対し必要以上に厳しい審査を課してくる。この審査への対応が、痛快この上ない。以後、物語は怒涛の勢いで一気に進む。まるで活劇を読んでいるようにわくわくどきどきした。


ということで大変おもしろく読んだのだが、佃製作所は、資本金3000万円、売上百億円弱、従業員200人、何十億もの金額を動かしている、中小といっても、それなりの規模の企業である。読む前に連想したような下町の工場(こうば)という雰囲気ではない。
ロケットエンジンを巨額の予算を使って開発するのは、社長の佃の方針というか趣味みたいなものだが、それだけの体力と技術を持っていないとできないわけで、これくらいが規模的にちょうどいい塩梅ということなんだろうか。


また、訴訟にしても、帝国重工との駆け引きにおいても、専門的な技術に関する具体的な記述はほとんどない。
理系の説明をされてもよく理解できないとは思うし、SF小説など読んでもそうした部分は飛ばして読みがちである。そう思えばそうした説明が潔く省かれている本作は、文系人間にとっては、おいしいところばかりで読みやすいはずなのだが、それはそれで空虚な感じがしないでもない。理解できないながらも、専門用語が多少とびかってくれると、なんとなく説得力があるというか。身勝手な読者ではある。

下町ロケット

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