「第三の銃弾」(スティーヴン・ハンター著)を読む

第三の銃弾  The Third Bullet
ティーブン・ハンター著(2013年)
公手成幸訳 扶桑社ミステリー 文庫上・下(2013年) 

★ネタばれあり!!!★

1963年11月22日、テキサス州ダラスにおいてパレード中のアメリカ大統領ジョン・F・ケネディが暗殺された。狙撃犯として逮捕されたリー・ハーヴェイ・オズワルドは、その2日後、護送中にナイトクラブ経営者ジャック・ルビーによって射殺される。
ボブ・リー・スワガーが、FBI臨時潜入捜査官となって、50年前の大統領暗殺事件の謎を追う。

とっかかりは、あるエレベーター作業員のオーヴァーコートについての古い記憶である。
オズワルドは、大統領らを乗せたオープンカーが、ヒューストン・ストリートから鋭角のカーブを曲がってエルム・ストリートに入った直後、その角にあるテキサス教科書倉庫ビル6階の窓から銃弾を3発撃ったとされている。
コートは、1970年代の半ば、ヒューストン通りをはさんで向かいにあるダル・テックス・ビルのエレベーターのエンジン・ルームで作業員によって発見された。棚の奥に押しやられていたコートには、異臭を放つ銃器専用の科学洗浄剤のシミがついていた。作業員の古い記憶は巡り巡って、40年後の今になって銃器にくわしい冒険小説家アプタプトンに伝わり、それがきっかけとなってJFK暗殺の謎に迫った彼はひき逃げ事故で命を落とし、彼の死に疑問を抱いた妻ジーンがスワガーにアドバイスを求めた、という次第である。
スワガーは、コートに自転車の車輪に轢かれたような跡がついていたそうだというジーンの言葉に反応し、調査に乗り出す。
(ちなみに、アプタプトンは酔って「銃による殺しを控えるべきだと考えて、大馬力の自動車を武器に選ぶことにしたのだ。けれども、それを大歓迎した読者はひとりもいなかった。別の本では刀を登場させたが、それもまた、おおいに悔やまれる結果になっただけだった。自分の専門は銃であり、銃にこだわったときに最善の本が書けるのだ。」とぼやいているが、これはハンター自作のスワガーシリーズ「黄昏の狙撃手」と「四十七人目の男」のことを言っていて、楽屋落ちが可笑しかった。しかし、車を使った暗殺者は気に入っているようで、本作にも登場するのだ。)

スワガーは、ダラスに飛び、現在は名所となっている教科書倉庫ビル6階の「オズワルドの窓」から現場検証を行い、オズワルドの狙撃に疑問を抱く。
狙撃には絶好の機会であった車がカーブを曲がる瞬間に狙撃せず、曲がり切った直後に発した1発目は外れ、2発目は大統領の首の下に当たって身体を貫通し、前に座っていたコナリー州知事の上半身を貫通して大腿部で停止する(「魔法の銃弾」と呼ばれているらしい)。大統領の頭部に命中したのは3発目。狙撃の難易度は回を追うごとに増していくのに、精度は上がっていったことになり、スワガーは大きな違和感を覚える。
さらにオズワルドが用いたライフルは、スワガーによれば「兎を撃つのが関の山」という小口径のイタリア製ライフル、マンリヒャー−カルカノM38で、しかも安っぽいスコープがぞんざいにつけられていたことにも納得がいかない。
狙撃手の立場から銃撃に疑問を抱くという、いつものスワガーの推理は今回も冴えている。

が、後半に入るとスワガーが謎を追う展開は一転、暗殺を企てた当事者ヒュー・ミーチャムの手記が介入し、スワガーの動きと犯人の独白が交互に描かれる構成となる。
ミーチャムも車いすの狙撃手ロン・スコットも「極大射程」に出てきたキャラクターで、ロンのことはさすがに覚えていたが、黒幕ヒュー・ミーチャムのことは全く記憶になかった。
ミーチャムの手記は、裏工作を仕事としてきた男によって大統領暗殺の経緯が語られるという興味深い内容で、狙撃の前後の様子や、くだんのオーヴァーコートにロンの車いすの車輪の跡がつくまでのいきさつは読んでいてどきどきする。ロンは、一流のハンターでありフットボールチームのヒーローであり身体能力にすぐれた有望な若者だったが、暴発事故によって車いすの身の上となり、それでもベンチレスト射撃競技の射撃手として生きてきた。その彼が影の大統領狙撃犯となっていく様には胸が痛む。が、それにしてもこの手記は、微に入りすぎていて長すぎると感じた。

スワガーは、ヒントを得ようとして、ミーチャムの知り合いだった元CIA職員ガードナー(故人)の家を訪ねる。ガードナーの息子との会話でナボコフの「ロリータ」の話題が出てきたのにはびっくりしたが、ナボコフも有していたという「共感覚」(ある数字や文字を目にすると色が見えるという特殊感覚)に絡む暗号解読は、引っ張る割にはあまりすっきりしない。

車を武器とするロシア人の殺し屋ドライバーへの反撃や、モスクワに出向いたスワガーとロシア人スナイパー、ストロンスキーが出くわす現地マフィアの襲撃者たちとの銃撃戦など、みどころは要所要所にさしはさまれるし、最後のクライマックスの銃撃戦も派手で豪快だが、しかし、スワガー一人にここまでやらなきゃならない悪役は本当にたいへんだと、今回も思った。

JFK暗殺の謎は、後付けの名人(褒め言葉です)ハンターにとって格好の題材と言える。
銃撃についての謎とともに、オズワルドの犯行後の行為の不自然な部分、狙撃後、彼が「巣」と呼ばれる狙撃場所から離れたところに再度装填した銃を置いていったのはなぜか、犯行後わざわざ自宅へ戻ったのはなぜか、彼を呼び止めたJ・D・ティピット巡査を撃った際、すぐ逃走せずにわざわざとどめを撃ったのはなぜか、と言った疑問にも、スワガーは答えを出していく。
そして、パレードのルートは3日前まで知らされなかったのにいかにして対応したかという最大の疑問に対しては、他の暗殺計画が進められていて、直前になって標的を変えたという経緯が示される。
アメリカ歴史上の大事件ともなると、著者の気合いの入れ方が違うようで、読みごたえがあるが、事件の資料などを元にしたスワガーの解析はかなり細かく、なかなかすらすらとは読み進めないのだった。

やがて明かされていく「真相」に「リバティ・バランスを射った男」じゃないか!と思っていたら、ロン自身が映画のタイトルを口にしたので、それはちょっとうれしいとともに、でもわかる人だけわかるようにしておいてほしかったような思いがしないでもなかった。

今回、スワガーが用いる銃は、38スーパー、GSh−18、クリンク(以上は拳銃)、トンプソンM1A1(ボブの父アールも使用)。対戦相手のブルーチームが持つのはMK48、LWRCのM6ICライフル、ウィルソンCQB45口径ACP拳銃。ストロンスキーは、GSh−18(拳銃)、ロシアでミーチャムを狙ったのはKSVKライフル。ロンがJFK暗殺に使ったのはウィンチェスターM70(オズワルドの発砲ではないことがばれないように、弾丸に工夫をしてある)。

関連映画:「リバティ・バランスを射った男」。1962年のアメリカ映画。ジョン・フォード監督、ジョン・ウェインジェームズ・スチュワート出演の西部劇。

第三の銃弾 (上) (扶桑社ミステリー)

第三の銃弾 (上) (扶桑社ミステリー)

第三の銃弾 (下) (扶桑社ミステリー)

第三の銃弾 (下) (扶桑社ミステリー)

リバティ・バランスを射った男 [DVD]

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※他のスワガー・シリーズ作品感想をHPに書いています。
http://members.jcom.home.ne.jp/mich/book/advbukyo/bookadv2.html