映画「ドリーム」を見る(感想)

*[映画・TV]映画「ドリーム」を見る(感想)
ドリーム HIDDEN FIGURES
2016年 アメリカ27分
監督:セオドア・メルフィ
出演:キャサリン・G・ジョンソン(タラジ・P・ヘンソン)、ドロシー・ヴォーン(オクタヴィア・スペンサー)、メアリ―・ジャクソン(ジャネール・モネイ)、アル・ハリソン本部長(ケヴィン・コスナー)、ヴィヴィアン・ミッチェル(キルステン・ダンスト)、ポール・スタフォード(ジム・パーソンズ)、ジム・ジョソン大佐(マハーシャラ・アリ)、レヴィ・ジャクソン(オルディス・ホッジ)、ジョン・グレン(グレン・パウエル)、ルース(キンバリー・クイン)、カール・ゼリンスキーZielinski(オレク・クルパ)

1960年初頭。冷戦下、アメリカとソ連の両国は宇宙開発を競っていた。ソ連ガガーリンを乗せた初の有人宇宙飛行を達成、遅れをとったNASAの開発陣営にとって有人宇宙飛行の成功は急務となった。
NASAのラングレー研究所の西計算グループに所属する3人の黒人女性たち、天才的な計算能力を持つキャサリン、西計算グループのまとめ役のドロシー、黒人女性初のNASAの技師を目指すメアリーが、人種差別と女性差別という二重の差別を受けながらも、卓越した理系の能力と機転のよさで、道を切り開いていく。
人種差別を扱っているとはいえ、宇宙開発という夢のある目標を掲げて、ソフトで軽快な描き方をしているので、楽しく小気味よく見られる。口当たりがよすぎるくらいだ。
ちかごろ「スカッとジャパン」というテレビ番組があって人気らしいのだが、私はあれは好きではない。「スカッと」を得るためにわざわざ周囲を貶めているようで大変志が低く思えてしまうのだ。この映画も後半は「スカッと」の連打であるが、にもかかわらず、わかっちゃいるにも関わらず、やったね!と気持ちよく思わされてしまう。
計算能力が買われて白人しかいない宇宙特別研究本部に配属になったキャサリンは、「非白人用トイレ」のある別棟まで片道800mの道のりを毎日その都度往復しなければならない。計算書類のファイルを抱え、ハイヒールで小走りにトイレへ向かう彼女の様子が何度も繰り返し示される。(それもちょっとコミカルに描かれているのだが、これはちょっとやりすぎな気がした。なんでずっとハイヒールなのか、走らなきゃならないことはわかっているんだからスニーカーとかヒールの低い靴とかに変えればいいのに、と見ていていらっとしないでもなかった。それともハイヒールは大事なステイタスだったりするのか。)
しかしそんな彼女の苦労も知らず、ハリソン本部長は仕事場を抜け出してさぼってばかりいると彼女をなじり、なじられたキャサリンはついに堪忍袋の緒を切らす。
仕事一筋、有人飛行達成のために必要な優秀な人材なら人種差別などしていられない、とハンマーで「白人用トイレ」の看板をぶっこわすハリソンはやはりわかっちゃいるけど、よい役どころ。このたいへんな儲け役を渋くさりげなくこなすとはおそらく名のある俳優に違いないと思っていたら、ケビン・コスナーだった。さすがだ。
映画の内容は、1983年の有名映画「ライトスタッフ」につながる。エド・ハリスが演じた宇宙飛行士ジョン・グレンを演じるのはこちらではグレン・パウエル。渋かったエド・ハリスのグレンとはちょっと違って、終始さわやかで偏見を持たないナイスガイとして描かれている。NASAの職員が飛行機で降り立った宇宙飛行士たちを歓迎するシーン、グレンは、歓迎隊の列の一番端にひっそりと並ぶキャサリンたちの前にもやってきて気さくに声をかける。周囲の白人たちも驚くし、声をかけられたキャサリンたちも驚く。しかし、グレンはいたって無邪気だ。(この感じ、どこかで見たことがあると思っていろいろ記憶をたどると、ジョン・フォードの西部劇「駅馬車」の中継所のシーン、駅馬車の乗客から人間扱いされずにいた娼婦のダラスに無邪気なリンゴ・キッドのジョン・ウェインが声をかけるところに思い至ったのだった。)また、グレンは、いよいよロケット打上げというときにトラブルが発生した際、コクピットの中からハリソンに「あの女性(girl)にチェックさせろ。彼女が計算してOKと言ったら、僕は飛ぶ。」と要請する。こうしたグレンの言動にも、わかっちゃいるけど、スカッとしてしまうのだった。
ただ、彼ら白人男性の脇役に比べて、2人の黒人男性脇役、キャサリンの恋人となるジムとメアリーの夫レヴィは、男前だけどただ出てくるだけでどんな人なのかあまりちゃんと描かれておらず、魅力が感じられなかったのが残念だった。それって不公平(差別とまではいわないが)なんじゃないかと思ったりもした。