「椿三十郎」

1962年の黒澤明監督作品のリメイク「椿三十郎」を見た。
藩の乗っ取りを企む悪者大目付たち。彼らの罠にはまった城代家老を助けようとする若侍たちに、通りがかりの素浪人が手を貸すという話。脚本は、オリジナルのものをそのまま使用している。
1962年に椿三十郎を演じた三船敏郎の印象は強烈である。織田裕二でリメイクと聞いたときに「え〜っ!」と思ったオリジナル・ファンは少なくないと思われる。実はまだちゃんと見ていなかった私でもそう思った(リメイク公開に先だってやっとオリジナルを見たのだが、うわさに違わずたいへんよいものだった)。
が、新作を見終わった今となっては、味方に回りたい気分だ。こっちも楽しんで見て欲しいと思う。
オリジナル版での、若侍たちと椿三十郎の間には、剣の腕はもちろん、人間としての度量に天と地ほどの差があった。
が、織田裕二が演じる椿三十郎にはさほどの距離感は感じられない。頭もいいし人好きのする性格なのでみんなから慕われる身近なあこがれの人という感じでである。
しかし、オリジナルを知らなければ、そうした人が椿三十郎であってなんの問題もない。こっちを最初に見た人は、三船敏郎を見て、そのあまりの老成ぶりに驚くのではないだろうか。一方、織田裕二が40歳と聞けば「えー、見えな〜い」と反応する人は多いだろう。それはそのまま、昭和37年の40歳と平成19年の40歳の違いであるようにも思える。(正確に言えば、三船敏郎は当時42歳、織田裕二は今年40歳である。)
と考えれば、捉えられた4人の若侍を救うため、椿三十郎がやむなく行う殺戮も、見方が違ってくる。三船がああいうことはこれまでにも何回となくやってきたように見受けられるのに対し、織田の三十郎はひょっとしてあんなに一度に人を斬るのは初めてかも知れない、実は必死で正直怖かったんじゃないかとも思える。そうすると、若侍たちを平手打ちする時の心情も違ったものに感じられてくる。

風間杜夫西岡徳馬小林稔侍の三悪人を始め、脇役もおもしろかった。
伊織を演じた松山ケンイチは、限られた台詞の中で、若侍たちのリーダーらしい存在感を出していたと思う。
押入の中に入っている敵方の家来木村役の佐々木蔵之介も味わい深い。
中村玉緒城代家老奥方は、もう見る前からはまり役とわかっていたぜという感じだし、鈴木杏が演じる姫は、おっとりしていながらもおきゃんな雰囲気を漂わせていた。
室戸半兵衛(豊川悦司)は、オリジナル(こっちは仲代達矢)でもそうだが、椿三十郎とのやりとりがいい。ただ、すごく腕が立ちそうなのに、実際に剣の腕をふるうシーンがほとんどないのが残念だ。

それと、今回は椿の花がカラーで見られたのがうれしかった。突入の合図に火を放つという椿三十郎に対し、奥方が「まあ、乱暴な」と異を唱え、娘の千代が「椿の合図」を提案する。オリジナルを見た時、赤い椿と白い椿をカラーで見たかったという思いが強く残った。今回のリメイクのおかげでその欲求不満ははらされたと言えよう。

で、椿と室戸の最後の対決。「長い沈黙の後に一瞬で決まる勝負」をどう撮るか。北野武監督の「座頭市」の決闘シーンが、「椿三十郎」(1962年)に敬意を払っているということで高い評価を得ているようだ。もちろん私もあのシーンはかなり好きだが、「椿三十郎」(2007年)で同じことはできまい。ならばどうするか。森田監督はあのようにした。最初に少々もちゃもちゃするが、勝負はほぼ一瞬で決まったと言っていい。ただし、かなり変則的なので、何がどうなったかよくわからない。そこでスローモーションで「一瞬」の間に起こったことを再生して説明してみせた。それでもすっきりとはわからない。人を二人立てて、刀を差して、どういう向きで刀を抜いてどういう風に斬りつけたのか。検証してみたくなる。

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