「ザリガニの鳴くところ」を読む(感想)

ザリガニの鳴くところ Where the Craawdads Sing 
ディーリア・オーエンズ(2018)
友廣純訳 早川書房(2020)
当時人物:
カイア(キャサリン・ダニエル・クラーク)
ジェイク(父)、マリア(母)、ジョディ(兄)、ミッシー(姉)、マーフィ(長兄)、マンディ(次兄)、
テイト・ウォーカー、ジャンピン(船着き場の燃料店<ガス&ベイト>店主)、メイベル(ジャンピンの妻)、
スカッパー(漁師。テイトの父)、サリー・カルペッパー(無断欠席補導員)、サラ・シングルタリー(食料品店の店員)、パンジー・プライス(雑貨店店主)、ロバート・フォスター(書籍編集者)、
チェイス・アンドルーズ、サム(チェイスの父)、パティ・ラブ(チェイスの母)、エド・ジャクソン保安官、ジョー・パーデュ保安官補、ヴァーン・マーフィー(医師)、トム・ミルトン(弁護士)、シムズ(判事)、チャスティン(検事)
ビッグ・レッド(かもめ)、サンディ・ジャスティス(猫)

★注意。あらすじを書いています★

 

1950~60年代のアメリカ、ノース・カロライナ州の海岸地方に広がる湿地と田舎町バークリー・コーブが舞台。家族に捨てられ、湿地に建つ粗末な小屋に取り残された幼い少女カイアは、ごく少数の周囲の人たちに助けられながら、生きていくすべを見出し、心身ともに成長していく。彼女が23歳のとき、湿地で殺人事件が起こり、カイアに犯人の容疑がかかるが、という話。
カイアは、湿地の小屋で両親と姉、3人の兄とともに極貧のうちに暮らしていたが、1952年、母親が家を出ていくと、相次いで姉と2人の兄がいなくなり、カイアが最も仲のよかった3兄のジョディも別れを告げて出ていく。カイアは父と二人残される。父は富裕階級の出だが、恐慌で家が破産し、戦争で足を負傷して復員してからは、仕事につかず酒を飲んでは家族に暴力を振るっていた。6歳のカイアは料理と掃除をし、ボートでの釣りを覚えたいと父に言い、父もだいぶおだやかになって二人でうまくやっていたが、ある日母から届いた手紙を読んでから父は再び酒におぼれて留守がちになり、ついに帰ってこなくなった。
カイアは、湿地の水辺で掘り集めた貝や釣りをして得た魚の燻製を売って収入を得ることを覚える。カイアを学校に行かせようとして無断欠席補導員(役場の関係者か)が何度か尋ねてくるが、カイアはそのたびに姿を隠して逃れるため、公的な保護の手は彼女には届かない。船着き場にある燃料店を営んでいる黒人のジャンピンとその妻メイベルは彼女を気にかけ、魚の燻製が売り物にならないと知りつつも引き取ってくれたり、教会の寄付で集まった衣類を分けてくれたりした。ジョディの友だちだった漁師の息子のテイトもカイアを気にかけ、読み書きを教えてくれる。カイアは、湿地に棲む鳥の羽などを集めて小屋の壁に貼り、独自のコレクションをつくっていたが、テイトも湿地にいる動植物が好きで話が合うのだった。
が、やがて、テイトは大学で生物の研究をして学者になる夢を果たすため、町を出ていく、休暇には戻ってくるといいつつ、彼はカイアとの約束を破り、研究を優先する。
カイアは、「湿地の少女」と呼ばれ、町の人たちから蔑まれ、好奇の目で見られながらも、独学で動植物について学んで知識を深め、美しく成長する。家が裕福でスポーツマンでイケメンで女好きのチェイスが、カイアに接近してくる。テイトに裏切られたカイアは、チェイスとつきあい結婚の約束をするが、チェイスにとってカイアは数あるガールフレンドの一人、ものめずらしさからつきあっているだけの存在だった。
1969年、そのチェイスの死体が、湿地にある火の見櫓の下で発見される。墜落死と思われたが、その死には不審な点があり、やがてカイアが殺人の疑いで逮捕される。終盤は裁判劇となる。
1952年から1969年までのカイアの生活と1969年の殺人事件の捜査の様子が交互に描かれるが、あまりミステリという感じではない。
前半は、帰らない母を待ち、なんとか父とうまくやろうとする幼いカイアが不憫である。字が読めないのに、父が焼き捨てた母からの手紙の燃えカスを集めてビンに入れてとっておくところなど読んでいて胸がいたむ。幼い子どもがつらい境遇に陥る設定もあり、このあたりは児童文学のような感じが強い。
が、テイトが大学を卒業して町に戻り、湿地の近くにできた研究所勤務となり、カイアの生きものコレクションを見て出版社に話を持ち込み、カイアが湿地の生物の専門家として本を出すにあたっては、話があまりに都合よく進み過ぎてなんだか絵空事めいて見えてきてしまった。
ジョディとの再会はよかった。ここで、ジョディの顔の凄惨な傷跡とともに、父の暴力がどれほとひどかったかが明かされ、母が戻れなかった理由にカイアは改めて気づく。ジョディから家の電話番号を渡され、電話をかける兄弟がいることに新鮮な喜びを覚えるカイアが健気である。
殺人事件とカイアとの関わりは読者に真相が知らされないまま裁判となるが、結末は意外でも何でもない。ということからも、これはミステリというよりは、湿地に生きる少女の稀有な生き様を追う小説だと思った。
タイトルは、カイアの母がよく口にしていた言葉で、そういう物言いがあるのかもしれない。テイトの説明によれば、「茂みの奥深く、生き物たちが自然のままで生きている場所」のことだそうだ。