映画「桜田門外ノ変」を見る

桜田門外ノ変
2010年 日本(公開東映) 137分
監督:佐藤純彌
原作:吉村昭桜田門外ノ変
出演:関鉄之介(大沢たかお)、岡部三十郎(渡辺裕之)、稲田重蔵(田中要次)、有村次左衛門(板東巳之助)、大関和七郎、海後磋礒之介、黒沢忠三郎、鯉渕要人、斉藤監物、佐野竹之介、杉山弥一郎、蓮田市五郎、広岡子之次郎、広木松之介、増子金八、森五六郎、森山繁之介、山口辰之介、金子孫二郎(南部奉行。柄本明)、野村常之介(北部奉行。西村雅彦)、有村雄助、高橋多一郎(奥右筆頭取。生瀬勝久)、高橋荘左衛門(須賀健太)、佐藤鉄三郎(小普請。渡部豪太)、徳川斉昭常陸水戸藩主。北大路欣也)、武田耕雲斎榎木孝明)、井伊直弼(伊武雅人)、西郷吉之助(永澤俊矢)、松平春嶽池内博之)、桜岡源次衛門(袋田村の庄屋。本田博太郎)、与一(温水洋一)、安藤龍介(水戸藩捕り手、北村有起哉)、ふさ(長谷川京子)、誠一郎(加藤清史郎)、いの(中村ゆり)、船主(福本清三?)、鳥取藩の剣士イナバ

1860(安政3)年に江戸城桜田門の前で起こった大老井伊直弼暗殺を、襲撃者の水戸脱藩浪士たちの側から描く。茨城県水戸市、地元商店街など地域が主体となって企画された映画。(茨城県出身の私は、高校の同窓会で、先輩の県職員から映画の前売り券と水戸駅南の千波湖畔に建てられたオープンセットの入場券が組になった映画製作協力券を2000円で買っていたのだった。)が、ご当地映画にしては、薩摩の人たちが薩摩弁なのに水戸藩士が茨城弁でなかったのがちょっと残念だった。
これまで教科書や歴史の本では、名もない暗殺集団として扱われていた水戸脱藩浪士たちが、名前を持って登場する。最後までしつこいくらいに、彼ら一人一人の氏名が字幕スーパー付きなどで紹介される。見る方が覚え切れないのは承知の上で、彼らにも名前があったのだと訴えてくる。
映画が始まって割とすぐに暗殺は決行される。雪の降りしきる桜田門前で、浪士たちが登城する井伊の行列を待つところはいい。段取りを説明する奉行の声をバッグにそれぞれの配置につく面々の顔と名前が紹介されていく。私は、これまで何の根拠もなく井伊が討たれたのは城からの帰りだとばかり思っていたので、行きしだったのがちょっと意外、彦根藩屋敷から城まではほとんど目と鼻の先なのに大袈裟な行列をなして行くのも意外だった。これだと暗殺も容易ではないと思えるほどの大人数で、襲撃は双方とも血だらけの壮絶な斬り合いとなる。迫力のあるシーンだが、両側に(せっかく?)壕があるのに誰も落ちなかったように思う。
暗殺決行の後は、襲撃に加わった浪士とその関係者の行く末が描かれる。合間に回想形式でこれまでの経緯がちょこちょこ差し挟まれるのでちょっと見づらいが、井伊直弼水戸藩徳川斉昭の対立が、外交問題に対する意見が違うというだけでなく、将軍家定の跡継ぎを巡って確執があったことも絡んでいるなど、複雑な事情が丁寧に描かれていてわかりやすい。
主役の関が鳥取で出会った剣客(俳優名がわからない)と一対一で剣を交えるなど、チャンバラとしての見せ場も用意してあるが、映画のほとんどは、それぞれの浪士が逃亡し、自死するか、捕縛されて刑に処されるかまでの様子がたんたんと描かれるばかりである。しかしこれがよくて、見ていてじわじわと来るものがある。(生き延びて新政府に加わった者も2、3名いるが、こちらは最後に字幕で紹介される。)
昔ながらの時代劇の手法は、型にはまっていて堅苦しく感じられる部分もあるが、その律儀さや礼儀正しさが心地よく響くところも多々ある。
そして、関の家族の見せ方がいい。関は、妻子に何も告げず、暗殺決行のため江戸に向かう。彼がその後再び訪れた家は荒らされている。庭先の畑を耕している妻子の姿は、関が見た幻ともとれるほど、美しく曖昧である。昨今は、女性客動員を狙うあまりか、テレビドラマでも映画でもなにかと言えばすぐ宣伝で「家族」を強調し、「家族愛」だの「家族の絆」だのといった言葉を大安売りしているように思う。そうした事態に辟易していた私は、べたべたと暑苦しい言葉を交わすことは一切なく、実にあっさりとした、それでいて情感あふれる家族の描き方に胸のすく思いがしたのだった。
ちょっと前にやはり暗殺を描いた三池監督の時代劇「十三人の刺客」を見たので、どうしても引き合いに出したくなってしまうが、こちらは、十三人の侍たちを全員きちんと紹介しようという意図は感じられなかった。極悪非道の殿様、こんな奴は殺されて当然だ、と見ている者を念入りに説得した上で、周到な準備をして標的を待ち受け、襲撃する。襲撃までの段取りを描き、遂に殺してお終いとなる。殺してからの襲撃者たちの死に様というか生き様を延々と描く「桜田門」とはかなり対照的である。描き方も、「十三人」は、おおざっぱで、でも血気と勢いに満ちているが、「桜田門」は、押さえ気味の引きの画面が多く、壮絶な場面であってもどこか落ち着きがあるというか、丁寧にたんたんと進む。見比べるとおもしろい。

桜田門(2008年12月撮影)

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