「屍人荘の殺人」を読む(感想) 

屍人荘の殺人 
今村昌弘著(2017) 東京創元社

映画化に当たって、2018年8月に書いた感想をアップしました。

★注意! 犯人のネタバレはしていませんが、特異な設定や事件の状況についての説明はしています。

 

 


山奥や孤島の館に人が集まって、嵐や大雪などで交通が遮断され、孤立した状態の中、連続殺人事件が起こる。その場に居合わせた探偵が、トリックを見破り、犯人を言い当てる。といった、本格推理小説によく出てくる孤立した状態のことをクローズドサークルというらしい。
本作は、嵐でもなく大雪でもなく、バイオテロによるゾンビの大群の襲撃という、SFホラー的怪事件によってクローズドサークルが形成されるという点がひどく斬新である。
湖の近くの山荘「紫湛荘(しじんそう)」に集まったのは、神紅大学映研の部員(男子2名女子3名)とそのOBら(男子3名)、演劇部員(女子2名)、そして呼ばれたわけではないのに無理やり加わった同大学ミステリ愛好会の男子2名、彼らと行動を共にする探偵少女1名の計13名の若者と、館の管理人(男1名)である。
金持ちのドラ息子で映研OBの七宮は、一族が所有する山荘を貸し切って友人と後輩の学生たちを招待していた。OBたちは、映研部長の進藤に(レベルの高い)女子部員を連れてくるよう強要していた。一応撮影を名目としたこのような催しは1年前にも行われ、その後、参加した女子部員の一人が自殺し、一人が大学を辞めるという事態が起こっていた。
下心丸出しのOBたちの態度に、招待された美女たちの多くは嫌悪感を抱く。
やがて、近くで行われていたロックフェス会場で大掛かりなテロが発生、5万人の観衆にウィルスがばらまかれ、感染した者がゾンビとなって人々を襲い始める。ゾンビにかまれた者はゾンビになってしまうので、感染は急激に広がっていく。
その夜、嫌がる女子たちにお構いなく男女ペアでの肝試しを決行していた神紅大学の面々は、山を越えてくるゾンビの群れに遭遇、命からがら山荘内に逃れるが、仲間の何人かは襲撃に遭ってゾンビと化す。ゾンビたちは館の周辺を取り囲み中へ侵入しようとするも、知性がなく身体能力も極度に低い彼らは階段を上ることも満足にできないため、山荘内に閉じこもっていれば、当面は安全なのだった。
が、その夜、館内で、殺人事件が発生。映研部長の進藤が自室で惨殺死体となって発見される。そして部屋のドアの下には「ごちそうさま」と書かれたメモが。ゾンビは部屋には入ってこられないはずであり、メモを書くような知恵もないはずだが、死体はどう見てもゾンビに食い殺されたとしか思えない状態だった。
話は、ミステリ愛好会の葉村の目を通して語られる。ミステリ愛好会といっても部員は2人きりで、彼が師と仰ぐその名も明智恭介という先輩は、なんと事件発生直後にゾンビにやられて、あっけなく退場してしまう。明智を失った悲しみにくれる間もなく連続殺人事件が起こり、彼は、数々の事件を解決したことのある少女探偵剣崎比留子とともに、事件の謎を追うのであった。
どんくさい動きとはいえゾンビたちは、じわじわと迫ってきて、葉山たちの安全ゾーンは、徐々に狭まっていく。外部からの脅威を受けつつ、内部では連続殺人発生というダブルの危機にさらされる中、比留子は冷静に犯人を探り当てていく。
「フーダニット(誰が)」「ハウダニット(どのように)」にこだわる葉山に対し、比留子は「ホワイダニット(なぜ)」に強い興味を持つと言うが、この事件での「なぜ」と次に誰が殺されるかというのはすぐ明らかになり、比留子たちの謎解きは主に「どのように」に対して行われる。比留子の謎解きは、気持ちよく筋道が通っている。ヒントも前もってちりばめられ、ゾンビさえ受け入れられれば、きっちりした推理小説として楽しめると思った。
しかし、人間ドラマとしては深みに欠けるように思われ、犯人が殺人に至るいきさつも動機も通り一遍で、OBの立浪が語る自分の不幸な生い立ちや、葉山が突然見せる火事場泥棒への嫌悪も、取ってつけたように感じられた。ライトノベルっぽいノリがあって、わたしなんかが読むと少々気恥ずかしい部分もあり、特に比留子が髪をいじるしぐさの念入りな描写などは個人的な感覚でいうとキモいと思ってしまった。