ウエスタン・ミステリ「荒野のホームズ」を読む(感想)

荒野のホームズ HOLMES ON THE RANGE
ティーブ・ホッケンスミス著(2006年)
日暮雅通訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ(2008年)

★若干のネタバレあり★

「西部にいたら避けられないものが、二つある。砂ぼこりと死だ。」
という出だしから軽快な西部劇を思わせ、その期待を裏切らなかった。ホームへズのオマージュと西部劇の要素を巧みに盛り込んだミステリ。

1892年のモンタナ。
洪水や病気で大家族の殆どを失い、2人だけ生き残った赤毛のカウボーイの兄弟が、ホームズとワトスン役となって、牧場で起こった殺人事件の謎を追う。
オールド・レッドと呼ばれる兄のグスタフ・アムリングマイヤーは、無学で文盲だが頭はよく、「赤毛連盟」という小説を弟に読み聞かせてもらって以来、名探偵シャーロック・ホームズに心酔し、探偵になるべく、日々観察力と推理力を高める努力をしている。
語り手であるビッグ・レッドと呼ばれる弟のオットーは、論理的思考はあまり得意でないが、兄弟で唯一学問を受けたことがあり、字が読めて一般教養を身につけている、大柄でおしゃべりで、自分からはあまり言わないが、銃の腕もなかなかのように見受けられる。

職にあぶれていた2人は、臨時雇いのカウボーイとしてバー・VR牧場にやってくる。カウボーイ頭のマクファースンら元からいるカウボーイたちと差別され、銃を取り上げられ、劣悪な条件の中で労働をさせられる。
ある雷雨の夜、支配人のパーキンズが牛たちに踏まれ、無惨な死を遂げる。
その後イギリス貴族の一行が牧場にやってくる。牧場のオーナーであるバルモラル公爵、娘のレディ・クララ、資産家のエドワーズ、貴族の子息のブラックウェルとメイドのエミリーらである。
それからしばらく後、屋外トイレの中で、元からいたカウボーイの一人、アルビノ(白子症)の黒人ブードローが死体となって発見される。
皆は自殺として片付けようとするが、オールド・レッドは、いくつかの根拠を示して殺人だと宣言する。保安官が来るまでに彼が事件を解決できるか否かということで公爵とブラックウェルが賭けをし、ここに「荒野のホームズ」が誕生する。

牧場での儲けをめぐる騙しあいに、ギャンブル好きで横暴な公爵に対する恨み、偶然通りかかった脱獄囚などが絡み、謎解きも読み応えがあるが、なんといっても、赤毛の兄弟を初めとする登場人物それぞれが魅力的である。
とりすました貴族達と荒くれカウボーイたちの対照も鮮やかだ。
上流家庭の落ちこぼれとして西部においやられたらしい軟弱そうな青年貴族のブラックウェルは、度派手なカウボーイのコスチュームで射撃や投げ縄の練習をしてみんなに呆れられるが、オールド・レッドは彼に親切にしてやる。彼がアムリングマイヤー兄弟の味方となり、終わりの方ではちょっと逞しくなっているのがうれしい。
コックやメイドや職にあぶれた黒人カウボーイなどの脇役もユニークでイキイキとしている。
そしてビッグ・レッドがめろめろとなる美女レディ・クララはハードボイルド小説っぽい役回りを果たす。
ビッグ・レッドの語り口は、軽快でシンプル、時折、亡くした家族や唯一残った肉親であるオールド・レッドへの愛情を見せられてほろりとくる。
侮辱されたオールド・レッドのため、イギリス王室についての一般教養を披露して上流階級の面々を驚かせるところは痛快である。
最後に屋敷の一室に一同集っての謎解きは本格推理のお約束だが、荒くれカウボーイたちが窓やドアの近くで何かあればすぐ拳銃に手をかけるぞとばかりに屹立しているあたりが、西部小説ならではで心憎いのであった。

荒野のホームズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1814)

荒野のホームズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1814)