中華SF三部作の完結編「三体Ⅲ 死神永生」を読む(感想)

三体 Ⅲ 死神永生
劉 慈欣著(2010)
大森望、ワンチャイ、光吉さくら、泊功訳 ハヤカワ書房(2021)

★後の方にあらすじを書いています。ネタバレしてます!★

 

中華SF三部作の最終話。
前2作は地球と三体世界との話だったが、第3作はもはや2つの星の間の戦争と平和の枠を大幅にはみ出し、文字通り次元を超えて宇宙の興亡にまで及ぶ、壮大なバカSFとなっている。

「三体Ⅰ」を読み終わったときに、三部作ではあるが、ひょっとして一番面白いのはⅠかもしれないという予感がした。私の感想としてはそれは確かに的中してしまったのだが、だからといって後の2作が面白くなかったということではない。たとえて言えば、映画「ジュラシック・パーク」シリーズで、生きている恐竜をタイムトラベルでなく「今」この時代に復活させ、ゆうゆうと動く姿を初めて目の当たりにしたときの驚き、わくわく感が飛びぬけていたように、Ⅰにおける突拍子もない異星人とのやりとり、壮大すぎる物語の規模など、「三体」シリーズ全体を貫く斬新さに度肝を抜かれたということだと思う。「黒暗森林」も「死神永世」もその稀有な物語を受けて、さらに予想外の強烈な事態が一転二転して展開していき、ついていくのが大変だった。

登場人物についていえば、やはり最も強烈なのは、「三体Ⅰ」で登場した葉文潔(イエ・ウェンジエ)だろう。それに比べると本巻の主人公程心はだいぶ普通だ。彼女のような若い娘に地球の、ひいては宇宙の存在の責任を負わせると言う発想は、筆者は美女に恨みでもあるのかと思うくらい酷な話だが、それにしても彼女は常に受け身で精彩に欠ける。
程心のファンで、ずっと彼女に付き従うAAの方が個性的で愛らしく、また、ある時はたおやかな和服美人、ある時は非情な戦闘員(迷彩服に身を包み、騒ぎを起こす保留地の地球人を日本刀で袈裟斬りにぶった切る)として姿を現す智子(ソフォン)制御による人型ロボット「智子」(ともこ)の方がよほど魅力的である。
唯一成功した面壁者であり最初の執剣者である羅輯は、地球興亡の鍵を握ることから身を挺して地球を守っているにも関わらず人々から嫌われ、凡庸だけど若くてきれいな程心はみんなから好かれ愛されているというなんとも皮肉な事態が示されるが、世の中そんなものかもしれないと思わせ妙に説得力がある。百歳を超える白髪の老人羅輯は、すべてを受け入れ、仙人のようになっている。

「死神永生」は、上巻だけでめまぐるしく「紀元」が変わり、読む方も、程心と同様に百年単位のタイムスリープをして、変貌する時代の要所要所を垣間見るだけなので、二転三転する展開とその都度出てくる新しい概念になかなかついていけない。語り口も歴史の教科書のような筋立てだけの文章が続き、合間に語られるものとしては、危険な男トム・ウェイドと程心の会話や、和服美人のときの智子(ともこ)とのお茶会や、「藍色空間」と「万有引力」の不可思議な異次元体験、オーストラリア移民計画の悲惨な状況などが印象に残る。下巻は、最初に天明と程心との面会があり、そのあとけっこうな分量で天明のおとぎ話が語られ、下巻後半は、掩体世界の様子や冥王星の「博物館」での羅輯と程心との最後の会話、宇宙空間に出現した小さな「紙」から始まる突拍子もない宇宙の二次元化、DX3908星系への旅、さらにそこからの1890万年未来への旅、そして宇宙の終焉と、ダイナミックな展開が駆け足で語られる。

天明と程心は、結局直に再会することがかなわなかった。三体人がどんなビジュアルだったのかもわからずじまいである。

どうも小説としてのバランスはうまく取れてないように思えるのだが、そんなことは大した問題ではないと思って読み進めてしまうのは、やはり、この身も蓋もないとも言える、はかりしれない壮大なスケール感のせいだろう。

 

<あらすじ> 
第2作「黒暗森林」のラスト、羅輯(ルオジー)の活躍によって、地球は三体人の襲撃を回避したが、本作はそれよりちょっと前の時代から始まる。
以下にざっと流れを記す。
(※覚えていることを書いたので、抜けている部分もいろいろあるかと思います。大雑把なところとやけに細かいところがあるのは、自分で覚えておきたい細部にこだわったためです。)

●階梯計画
プロローグ的なビザンチン帝国の崩壊の際に現われた空間移動する謎の女性についてのエピソードの後、時代は危機紀元初期、面壁計画と並行して進められた「階梯計画」についての経緯が語られるところから「死神永生」は始まる。
PIA(国連惑星防衛理事会戦略情報局)長官のトム・ウェイドは、三体艦隊に地球人のスパイを送り込むための計画を進め、技術企画センター室長補佐となったばかりの新米女性アシスタント程心(チェン・シン)の提案を受け入れる。しかし、人ひとりの重量を送ることは技術的に不可能なことから、トム・ウェイドは「脳」だけを送ることを思いつく。脳を選ばれたのは、不治の病に罹り余命いくばくもない青年、雲天明(ユン・ティエンミン)。
程心にとって彼は大学時代の知り合いの一人だったが、天明はずっと程心に片思いをしていた。人づきあいが苦手で孤独な青年だった彼は、過去のアイデアを買われ思いがけない大金を手に入れると、匿名で程心に恒星(DX3906)をプレゼントする。程心は贈り主不明の巨額のプレゼントをなんの抵抗もなくありがたく受け取ったが、それが天明であることを知るのはずっと後になってからのことだ。ただ知り合いだということで程心は深く考えもせず天明を階梯計画の候補者に推薦し、天明は異星人たちに捕獲された脳だけの自分がどんな目に遭わされるのだろうという深い恐怖を抱き、自分を推薦した程心の真意を測りかねつつも、愛する程心の意向を受け入れ、階梯計画への参加を承諾する。が、天明(の脳)を乗せた階梯探査船は宇宙に送り出された後、事故で軌道を外れ、行方不明となってしまう。程心は、階梯計画を知る人物として未来で必要とされるときまでタイムスリープすることとなる。

●執剣者の交代と抑止紀元の終わり
それから260余年後の抑止紀元61年、程心はタイムスリープから目覚める。時代は「抑止紀元」に入り、三体人との文化交流が進み、人類は平和な時代を送っていた。程心のファンだという若い女性艾AA(あい・えいえい)が、彼女の世話をして抑止世界を案内する。彼女はこのあと永きに渡ってずっと程心に寄り添うこととなる。平和な世界では、男性は女性化して美しくやさしくなっていた。程心の知る「男」は、タイムスリープから目覚めた彼女と同時代の男たちだけだった。が、その平和は、羅輯が「執剣者」となり、「三体」の位置を全宇宙に向かって送信するための重力波装置のスイッチをいつでも押すことができる立場にいるからという、危うい均衡の上に成り立っていた。ボタンを押せば三体世界は暗黒森林攻撃によって破壊されるが、同時に地球の位置も全宇宙に知られることとなり、いずれ地球も破壊されることとなる。長い目でみれば共倒れだが、そうなるのは何百年も先のこと、少なくとも今生きている人々は平和な時代に一生を終えることができるのだ。
その羅輯も百歳を超え、「執剣者」の交代の時期に来ていた。程心はトム・ウェイド他旧世代の男性の候補者たちを退け、地球の人々から望まれて新しい執剣者となる。が、彼女が執剣者になるやいなや、三体世界は襲撃を開始する。羅輯は抑止解除の重力波送信ボタンを押す可能性が大きかったが、若く心優しい程心に(260年のタイムスリープを経たとはいえ彼女は実年齢20代後半の女性である)ボタンは押せないだろうという可能性に、三体人は自分たちの運命を賭けたのだった。その決断は功を奏し、程心はボタンを押せないまま、三体人の攻撃が始まり、地球上と宇宙空間に配備された重力波送信装置は「水滴」により、破壊されてしまう。三体人は地球を支配下に置き、艦隊到着までにほとんどの地球人をオーストラリアに移住させ、地球人保留地とする計画を進める。

万有引力と藍色空間、四次元世界との接触重力波の送信
一方、宇宙空間には2つの宇宙戦艦が存在していた。終末決戦で生き残り暗黒戦争を経て地球を捨て、新たなる居住星を求めて宇宙を行く<藍色空間>とそれを追う<万有引力>の2艦だ。2つの宇宙船は四次元世界との接触という稀有な体験をする。
程心が執剣者となり、2艦に向けて発射された「水滴」はしかしその進路がわずかに逸れ、2艦は破壊を免れる。<万有引力>には重力波送信装置が組み込まれており、唯一残った装置から三体世界の位置が全宇宙に向けて送信される。

●送信紀元
送信紀元3年に三体世界は暗黒森林攻撃によって破壊される。
送信紀元7年、雲天明と程心はリモートで会合する。階梯計画で宇宙をさまよっていた天明の脳は、三体艦隊(故郷の星を発ち地球に向かっていたため破壊を免れた三体人たちが乗っている)に収容された。天明は、彼らによってクローンの身体を与えられ、程心が階梯探査船に入れておいた小麦などの植物の種から食料を得て、個体の人間として再生していた。
三体人による厳しい検閲の中、天明は人類が生き延びるための方法を伝えようとして、程心にあるおとぎ話を語る。それは「王宮の新しい絵師」「饕餮(とうてつ)の海」「深水王子」の3つの物語からなり、「ホーアルシンゲンモスケン」という奇妙な響きの国の名が何度も繰り返し出てきた。専門家による解読は難航したが、程心は、天明が程心との思い出の紙の船から、曲率推進(空間を折る技術)を利用した光速宇宙船の開発を示唆していることを悟る。人類は、将来起こるであろう「攻撃」に対し、生き延びるため3つの対策、暗黒領域計画、光速宇宙船プロジェクト、掩体計画を検討していた。暗黒領域計画は、ブラックホールの中に地球自ら立てこもり、外界との接触を断ってその中だけで生きること、光速宇宙船プロジェクトは、光速航行技術を開発し選ばれたものが宇宙船で地球から遠く離れて程心の星DX3906の星系を目指す計画で天明が示唆したものである。トム・ウェイドはこの計画を進めるが、程心はこれを阻止する。結局、人類は掩体計画を選択する。掩体(えんたい)とは敵の攻撃を防ぐ突起物のような設備のこと。地球、火星、木星など惑星の陰となる宇宙空間に宇宙都市を建設し、暗黒森林攻撃をかわす計画である。

●掩体紀元
掩体紀元には、それぞれの掩体エリアにいくつもの華やかな宇宙都市が作られていた。
しかし、三体世界を破壊した方法と違い、太陽系の破壊に使われた暗黒森林攻撃は、「低次元化」だった。3次元世界はぱたぱたと2次元世界に折りたたまれていく。程心とAAは、冥王星近くの宇宙空間で宇宙船「星還」から太陽系が「二次元崩潰」によって壊滅していく様を目にする。

●DX3906
二人は、「星還」で天明が程心にプレゼントしたDX3906恒星系に飛ぶ。天明との面会の際、二人はそこでの再会を約束したのだ。しかし、二人がDX3906の2つの惑星のひとつプラネット・ブルーに降り立ったとき、そこにいたのは<万有引力>の乗組員で宇宙研究者の関一帆(グァン・イーファン)だった。監視惑星がアラームを発したため、程心と一帆はAAを残して、光速宇宙船ハンターでもう一つの惑星プラネット・グレイの偵察に飛び立つ。すぐ戻るつもりが、これがAAとの永遠の別れとなる。プラネット・グレイで二人は、「帰零者」(ゼロ・ホーマー、あるいは再出発者(リセッター))が作り出した巨大な真っ黒な5本の柱、デス・ライン(光速航行の航跡)を見つける。<ハンター>でブルー・プラネットの軌道上に戻った二人は、地上のAAから天明の来訪を知らされる。シャトルに乗って降下しようとしたとき、デス・ラインの乱れが二人を取り込む。シャトルの外では時間が一千万倍の速さで進み始める。
二人はシャトルの中で冬眠し、目覚めたとき、シャトルの時間数値は18906416年を指していた。
デス・ラインの乱れは天明の乗った光速船がDX3906を訪れたために生じたものだった。AAと天明の二人はそこで命を全うした。程心と一帆は1890万年後に、プラネット・ブルーの地中に埋まった岩に彫られた文字によってそれを知る。AAが遠い未来の程心に向けて送った手紙、AAと天明は、石に刻んだ文字という最も耐久性のある伝達手段を選んだのだった。
やがて、膨大な種類の言語による「通信」が全宇宙に向けて送られる。宇宙の終焉を告げるメッセージだった。

 

<紀元と西暦>
地球:危機紀元 201X年~2208年
抑止紀元 2208年~2270年
抑止紀元後 2270年~2272年
送信紀元 2272年~2332年
掩体紀元 2333年~2400年
銀河紀元 2273年~不明
DX3906星系:暗黒領域紀元 2667年~18906416年
宇宙♯647時間線:18906416年~

<登場人物>
程心(チェン・シン):航空宇宙エンジニア。PIA技術企画センター室長補佐・航空宇宙技術アシスタント、2代目執剣者。
羅輯(ルオジー):唯一成功した面壁者。執剣者。
トム・ウェイド:PIA長官。2代目執剣者の候補のひとり。犯罪者。光速宇宙船プロジェクト推進者
ミハイル・ヴァデイモフ:PIA技術企画センター室長
天明(ユン・ティエンミン):程心の大学時代の同級生。階梯計画要員。
フレス:アボリジニの老人
艾AA(あい・えいえい):天文学博士課程大学院生 → 星環グループCEO 
ジョゼフ・モロヴィッチ:<万有引力>館長
ウェスト:<万有引力精神科医
関一帆(グァン・イーファン):<万有引力>民間の宇宙論研究者
ジェイムズ・ハンター:<万有引力>調理管理官
猪岩(チュー・イェン):<藍色空間>艦長
曹彬(ツァオ・ビン):執剣者候補。理論物理学者。
アレクセイ・ワシリンコ:太陽系連邦宇宙軍中将。<啓示>第一探査分隊指揮官
白Ice(バイ・アイス):理論物理学者。<啓示>第一探査分隊技術責任者
高Way(ガオ・ウェイ):環太陽加速器ブラックホール・プロジェクト最高科学責任者
智子(ヂーヅー、ちし、ともこ):三体世界から送り込まれた、智子(ソフォン)に制御される人型ロボット

 

話題の中国SF「三体」を読む(感想) - みちの雑記帳

中華SF三部作の二作目「三体Ⅱ 黒暗森林」を読む - みちの雑記帳

 

 

 

映画「モンタナの目撃者」を見る(感想)

モンタナの目撃者 THOSE WHO WISH ME DEAD
2012年 アメリカ 100分
監督:テイラー・シェリダン
出演:ハンナ(アンジェリーナ・ジョリー)、コナー(フィン・リトル)、イーサン(ジョン・バーンサル)、アリソン(メディナ・センコア)、オーウェン(ジェイク・ウェバー)、
ジャック(エイダン・ギレン)、パトリック(ニコラス・ホルト)、アーサー(タイラー・ペリー)

悪事の証拠を持っているため組織から命を狙われている男が、殺される直前に証拠の品を息子の少年に託す。悪事に加担した大物たちは、証拠隠滅のため少年にも殺し屋を差し向ける。逃げる少年に、見ず知らずの女性が救いの手を差し伸べる。
この筋立ては「グロリア」という映画を思い出させるが、「グロリア」では舞台は大都会ニューヨーク、ヒロインは悪の組織のボスの元愛人だったのに対し、こちらでは舞台はモンタナ、ヒロインは森林消防隊のリーダーである。それで物語はだいぶ趣を変える。
山の斜面に広がる針葉樹林、その中にポツンと立つ火の見やぐらの塔、山の中を流れる川など雄大な景観が楽しめるが、追手の殺し屋だけでなく、雷と山火事という大自然の脅威が主人公たちを襲う。
森林消防隊員のハンナは、かつて山火事で風向きを読み違い、3人の若者を死なせてしまったことで心に傷を負っていた。ある日、彼女は、山の中をさまよう少年コナーと出会う。突然父を殺され自分も殺し屋に追われる身となったコナーは、誰かに縋りたいと思う一方、人を信じることに恐怖を抱いている。それに対し、ハンナが「私は信用していい人間だ」と言い切るのがいい。
殺し屋二人組の登場シーン、「仕事」を終えた二人がガスの配管修理でもしてきたようにビジネスライクに話す様子はなかなかよく、ボスの小男のジャックとちょっと男前で長身のパトリックの取り合わせが絶妙だ。
フロリダに住むコナーの父親が頼ろうとしたのは、モンタナで警官をしている義弟のイーサンである。イーサンはハンナの元彼であり、妻のアリソンは子供を身ごもっている。殺し屋二人は、家に一人でいたアリソンを襲う。アリソンはひどい目にあわされてしまうのだろうと思ったら突然反撃に出るので驚く。彼女は思わぬ活躍をしてみせる。
主役のハンナを演じるアンジェリーナはさすがの存在感だが、登場する人たちがそれぞれよい感じだ。山火事の迫力ある画面も見られ、わくわくどきどきしながら楽しめる。

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映画「シャン・チー テン・リングスの伝説」を見る(感想)

シャン・チー テン・リングスの伝説 SHANG-CHI AND THE LEGEND OF THE TEN RINGS

2021年 アメリカ 132分
監督:デスティン・ダニエル・クレットン
出演:シャン・チー(シム・リウ)、ケイティ(オークワフィナ)、シャーリン(シャン・チーの妹。メンガー・チャン)、イン・リー(シャン・チーの母。ファラ・チェン)、イン・ナン(シャン・チーの叔母。ミシェル・ヨー)、シュー・ウェンウー(シャン・チーの父。トニー・レオン
レーザー・フィスト(フロリアンムンテアヌ)、デス・ディーラー(白塗りの刺客。アンディ・リー)、グアン・ボー(ター・ロー村の老人。弓の使い手。ユン・ワー)、トレバー・スラッタリー(ベン・キングズレー)、モーリス(ター・ロー村の顔のない犬のような生物)、クレヴ(バスの乗客。ザック・チェリー)
ウォン(ベネディクト・ウォン)、アボミネーション(ティム・ロス)、ブルース・バナー/ハルク(マーク・ラファロ)、キャロル・ダンヴァース/キャプテン・マーベルブリー・ラーソン

マーベル・シネマティック・ユニバース第25作で、中華ヒーロー、シャン・チーが登場。マーベルのカラフルで派手なSF仕様とカンフー・アクションが融合して豪快なバトル・アクションとなっている。
青年シャン・チーは、友人のケイティとともに、サンフランシスコでホテルの駐車係をして暮らしていた。が、彼にはケイティの知らない過去があった。彼の父ウェンウーは、伝説の腕輪テン・リングスを操る「世界一危険な男」で、犯罪組織「テン・リングス」を率いていた。シャン・チーは幼いころに母を亡くしてから、厳しい訓練によって中国武術を教え込まれたが、初めて殺人の仕事を命じられた際に父の元から逃れ、身を隠していたのだ。
ある日、彼は、バスの中で母の形見のペンダントを狙う謎の黒革ジャケットの男(レザー・フィスト)らに襲われる。それを機に、彼は封印していた力を呼び覚まし、悪の首領となった父と対決する。
この、サンフランシスコの街を走るバスの中での格闘シーンが迫力満点。バス車内でのシャン・チーとレザー・フィスト一味との派手な乱闘とケイティの無謀運転が重なってめちゃくちゃになっていく。乗客のオタクっぽい男がその様子をスマホで撮影し、動画がネットに流されて、シャン・チーが「バス・ボーイ」として一躍有名になるのも楽しい。
彼は、ケイティとともに、疎遠になっていた妹シャーリンの住むマカオに向かう。シャーリンは、独力で武術を習得し、ナイトクラブ「ゴールデン・ダガー」を経営していた。ここにも父の組織の一味がやってきて、シャン・チーとケイティ、シャーリンを襲う。高層ビルの外に組んだ鉄骨でのアクションもまた見ものである。
後半は、シャン・チーの母の故郷ター・ロー村が舞台となる。そこは「聖なる守護者」に守られた不思議な村だった。叔母のイン・ナンに会ったシャン・チーは、彼女から古い武術を教わる。イン・ナンは、シャン・チーが構える拳を開いて掌(ジャン)の手型に変える。円運動を駆使するその拳法は、太極拳っぽく見える。
最後は、村の戦士たちと「テン・リングス」軍団との戦い、シャン・チーとウェンウーの宿命の親子の対決とともに、村の守護者の龍とウェンウーを惑わす魔物も出てきて特撮怪獣バトルの様相も呈す。
ウェンリーを演じるトニー・レオン、母役のファラ・チェン、伯母のミシェル・ヨーら、主役の親世代の人たちが熟成している感じでよい。彼らにくらべると、主演のシャン・チーとケイティはさほど美男美女とは言えないと思うのだが、好感が持ててギャグが上滑りしている感じも含めていい味を出している。
場面のところどころにマーベルでお馴染みの顔が出てくるらしい。ファンにはピンとくるのだろうが、あまり詳しくないのでよくわからなかったが、ラストに出てくる男女はブルース・バナーとキャロル・ダンヴァースというらしい(後で検索して知った)。
エンディングは二段構えになっているので、最後まで席を立たないように。

シャン・チー/テン・リングスの伝説|映画|マーベル公式

映画「孤狼の血 LEVEL2」を見る(感想)

孤狼の血 LEVEL2 
2012年 日本 東映 139分
監督:白石和彌
原作:柚月裕子孤狼の血」シリーズ
出演:日岡秀一(呉原東署刑事。松坂桃李)、近田幸太(チンタ。村上虹郎)、近田真緒(西田七瀬)、
(※以下、映画を見ただけではわからないので、公式サイトの人物相関図で確認した。)
<広島仁正会>
綿船陽三(仁正会会長。吉田鋼太郎)、溝口明(仁正会理事長。宇梶剛志)、五十子環(五十子会先代の妻。かたせ梨乃)、角谷洋二(五十子会二代目会長。寺島進)、
上林成浩(上林組組長。鈴木亮平)、佐伯昌利(同舎弟頭。毎熊克哉)、吉田滋(企業舎弟パールエンタープライズ社長。音尾琢真)、
<尾谷組>
天木幸男(組長代行。渋川清彦)、橘雄馬(若頭。齊藤工)、花田優(早乙女太一)、
広島県警
嵯峨大輔(県警本部管理官。滝藤賢一)、瀬島孝之(警部補。中村梅雀)、瀬島百合子(瀬島の妻。宮崎美子)、中神悟(警部補。三宅弘城)、友竹啓二(呉原東署刑事二課警部補。矢島健一
<一般人>
高坂隆文(記者。中村獅童)、神原千晶(ピアノ講師。筧美和子)、神原憲一(看守。青柳翔)

平成3年(1991年)の広島。
呉原東署の刑事日岡は、大上亡き後、広島仁正会系の五十子会と尾谷組との間で手打ちをさせ、両者の抗争を終わらせた。彼は、なりふり構わずヤクザたちの間を立ち回り、危うい均衡を維持していた。
そんな中、五十子会構成員の上林が刑期を終えて出所する。先代会長の故五十子正平に恩義のある上林は彼の仇討ちに乗り出し、尾谷組を攻撃するとともに、抗争をしかけた黒幕を突き止めようとする。上林は、恨みをはらすためには、堅気も敵も味方も関係なく、片っ端から暴力を振るい、比類なき残虐さを見せる。
日岡は、恋人の真緒の弟チンタを上林組にスパイとして送り込み、上林の尾谷組襲撃についての情報を得ようとするが、何者かが上林に警察の動きを流し、逆に日岡が上林に狙われる。
警察上層部は、保身のため日岡を罠にはめようとしていた。
対立する二つの暴力団と県警本部と一匹狼の日岡の思惑と暴力が入り乱れて事態は紛糾していく。
十三人の刺客」(2010年版の方)や前作「孤狼の血」でも感じたのだが、こいつはこんなにひどい奴なんだということを示すためにはどんなひどいことをさせればいいかと考えたあげく、極悪非道の行為がインフレを起こし、どうも空回っているような気がする。上林の残虐行為についても、えげつなさと不快感は存分に感じるが、なんか上滑りしてる感がぬぐえない。
個人的には血まみれのサイコ殺人より、威嚇し合う男(雄)の気迫の勝負が見たかったという思いがある。
たとえば北大路欣也(犬のお父さんではなく若いころの)がサングラスを外しながらゆっくりを顔を上げる。千葉真一がどっかと足を大きく開いて座って股間をぼりぼりと掻く。北野武がぼそぼそと毒づきながら手下の後頭部を小突く(痛くないが、やられた方の屈辱感はでかい)。人の目を抉り取らずとも、相手を威圧することはできる。ちょっとした所作に現われるぞくぞくするような危ない男たちの凄みが、あまり感じられなかったのが残念だ。これは役者のせいというよりも、作り手が健全ゆえに壊れた人間を描くのが難しいのかもしれないし、今の世の中、悪人をあまりかっこよく描いてはいけないのかもしれない。
とはいえ、松坂桃李鈴木亮平も気張っていた。チンタの村上虹郎もよかったが、この子(チンタ)がいずれどうなるかはすぐ予想がついてしまって切ない。公安の出で日岡の相棒となる瀬川役の中村梅雀もテレビドラマ「特捜ナイン」に続いての人を食ったような警部補がよかったが、それだけにあのオチはちょっとどうかという気がしないでもない。ひげ面の齊藤工の若頭もよかった。気弱な男のイメージが強い滝藤賢一も思いっきりわめいて暴れていた。
なんだかんだいって、普段お茶の間で見る比較的穏やかな役回りの男優陣が、暴力的になって口汚く怒鳴り散らす姿を見るのは楽しい。年に一回くらいは、スクリーンならではのこういう雄姿を見たいものだ。

第1作目の感想はこちら↓

映画「孤狼の血」を見る(感想) - みちの雑記帳

 

www.korou.jp

 

 

 

台湾ハードボイルド「台北プライベートアイ」を読む(感想)

台北プライベートアイ 私家偵探 Private Eyes
紀 蔚然(きうつぜん チ・ウェイジャン)著(2011)
松山むつみ訳
文芸春秋(2021)

台北を舞台にしたハードボイルド。
大学教授で劇作家だった50代の男、呉誠(ウー・チェン)は、ある出来事をきっかけに突如引退し、台北市南部にある臥龍街の一九七巷という横丁の中古建てマンションに引っ越し、近所の珈琲店を事務所代わりに私立探偵を始める。
一人称語りの探偵小説は主人公の語りで成り立つので、探偵はえてしておしゃべりな印象をうけるものだが、本作の呉はとにかくひっきりなしにご託を並べている感じである。
インテリなので難しい用語を使い、評論家じみたことを言って台北という都市について語る。日本人や西欧人について語る。脚本家だったので、演劇論も語る。小説や映画についても語る。ホラー映画は苦手で特にソウ・シリーズは受け付けない。探偵の仕事のやり方はほぼ推理小説と007の映画から知識を得ているようだ。宗教、特に後半は仏教についても語る。
自分についても語る。19歳のころからパニック障害うつ病を患っていて、病気と闘いながら生きてきたこと、バツイチで、元妻はカナダに住んでいること、そして、自分が転身するきっかけとなっ「亀山島(グイシャンダオ)事件」について。亀山島は台北の海鮮料理店のことで、ある芝居の公演の打上げの飲み会で、呉は酔った勢いで、居合わせた友人知人である演劇関係者に対しことごとく辛辣な批判を浴びせ、毒舌の限りを尽くしたのだった。酔いが冷めた彼は、攻撃した人々にお詫びの言葉を送って、ひとり、臥龍街に身を隠したのだ。
こう書くとかなりいやなやつのようだが、これがなぜか憎めない 。新参者の彼をいぶかっていた近所の自動車修理工場主のアシンも、臥龍街派出所の小柄でふっくらした警官シャオパンも、尾行の際に乗り合わせたタクシーの運転手のティエンライも、みんな仲間にしてしまう。
サファリハットにひげ面、青いTシャツに緑のズボン、移動手段は自転車、武器は懐中電灯で、武芸のたしなみは皆無という素人探偵が、絶えずぐちって、悔やんで、他人と丁々発止のやりとりをする。その様が不思議と味わい深い。
最初の仕事は、夫のことを調べてほしいという人妻からの依頼だった。あるときを機に、娘が夫を避けるようになり、その嫌い方が尋常ではないというのだ。中央健康保険局台北支局の会計監査課長である林氏の張り込みと尾行を開始した呉は、彼がひとりの女性と会ってホテルへ入るのを目撃する。
林氏の件は、真相を突き止めることに成功し、夫と別れた元林夫人のチェンジェル―と呉は、ちょっといい感じの仲になる。
この一件が前半を占め、後半は、これとは無関係の連続殺人事件の話となる。呉が容疑者として警察に連行され、マスコミに報道されて大騒ぎとなる。ただの誤解ではなく、明らかに彼を陥れようとする犯人の意図がうかがえ、はめられたと悟った呉は、これまた敵意の塊であった警官たちの中に割り込んでいって、無理やり捜査に加わる。4人の被害者たちには何のつながりもみつけられなかったが、やがて、第5の殺人が起こり、呉は、自分が事件の中心にいることを知る。
呉は、アジアの国々の中で連続殺人事件の数では日本がトップだといい、横溝正史の「蝶々殺人事件」から探偵由利先生の、「計画的な犯罪があるということは、それだけ社会の秩序が保たれている証拠だよ。」という言葉を引用している。台北のように混沌とした都市では起こりにくいと言っていたそばから、自分がその連続殺人事件に巻き込まれるのだが、前半の林氏の件に比べて、後半の連続殺人事件はやけにつくりものめいて感じられる。監視カメラがいたるところにある台北において、カメラの映像を頼りに犯人にたどり着く過程はなかなか面白いが、事件現場がある図形を形作っていたり、犯人のねらいが偏執的に呉誠にあったりと、サイコミステリとしての目新しさや独自性は特に感じられない。呉探偵の活躍を描くためにとってつけたような事件なのだが、台北に連続殺人はピンとこないという彼の説がそのまま表されているようでもあり、ここではそれでいいような気もする。
全編を通して、呉誠の語り口が好きか嫌いかで評価が分かれる小説ではないかと思う。
彼の台北論とともに、彼を取り巻く人たちや、元気のいい老母が台湾語をよく口にしたり(中国語とのちがいは全くわからないのだが、訳者が丁寧にルビを振ってくれているのでそれとわかる)、猪脚麺線(ジュージャオミェンシェン。豚足入り煮込みそうめん。台湾語でディカミースァ)という厄除けの食べ物や甕の中で紙銭を燃やしてその火をまたぎ越す厄払いのおまじないなどが出てきたりするのも、私としては、興味深かった。

<登場人物>
呉誠(ウー・チェン)、
呉誠の母、妹
阿鑫(アシン。臥龍街の自動車修理工場の主)、その妻、
小彗(シャオフイ。アシンの娘、小5)、阿哲(アジャー。 アシンの息子、小2)
小胖(シャオパン。臥龍街派出所の警官。本名陳耀宗チェン・ヤオゾン)
王添来(ワン・ティエンライ。タクシーの運転手。探偵助手志願)
小徳(シャオダー。王の妻。ベトナム出身)
陳婕如(チェン・ジエルー。林夫人。最初の依頼人
林氏(リン氏。中央健康保険局台北支局会計監査課課長 盆栽が趣味)
邸宣君(チウ・イージュン。病院の会計主任) 
刑事部長(信義署取り調べ責任者)
小趙(シャオチャオ。信義署刑事。)
翟妍均(チャイ・イエンジュン。信義署巡査部長)
涂耀明(トゥ・ヤオミン。タレント弁護士。)
小張(シャオチャン。若手舞台演出家)
蘇宏志(スー・ホンジー。若手脚本家)

 

↓本の表紙の絵も楽しいです。

 

映画「キャラクター」を見る(感想)

キャラクター

2021年 日本 公開東宝 125分
監督:永井聡
原案:長崎尚志
出演:山城圭吾(菅田将暉)、川瀬夏美(高畑充希)、真壁孝太(中村獅童)、清田俊介(小栗旬)、大村誠(中尾明慶)、両角(Fukase)、辺見敦(松田洋治

漫画家志望の青年山城は、画力はあるが悪役の造形ができずにくすぶっていたが、たまたま一家殺人事件の現場で犯人に遭遇、犯人を目撃したことを秘密にしたまま犯人をモデルにしたマンガを描き、一躍売れっ子となる。が、やがてマンガに描かれた通りの一家殺人事件が連続して起こり、犯人の両角は山城に接触してくる。
マンガや小説にかかれた犯罪が実際に起こるというネタは特に新しいものではないと思うが、作者が犯人を現場で目撃したり、犯人がマンガを読んで「共犯関係」を楽しんだり、4人家族にこだわったりなど、いろいろとひねりがきかせてあって、サスペンスとして見ごたえがある。何度も登場する一家四人惨殺現場の光景は陰惨だ。
山城を演じる菅田将暉は、今回は終始ひげをはやした見た目冴えない青年で謝ってばかりの受けの演技に徹しているが、ラスト近く一瞬見せる狂気の表情はさすが。彼と両角との格闘も見せ場として盛り上がる。両角も、もう一人の殺人者辺見もそれぞれに壊れた感じが出ていて不気味だ。
が、何といっても、小栗旬中村獅童が演じる二人の刑事がよかった(二人とも好きな役者さんだ)。小栗旬の清田(せいだ)刑事は、元暴走族なんていう設定は特に要らないと思うのだが、地味ながら人情味のある刑事で、相棒(先輩)の真壁はいやなやつっぽいことを言うけど実はそうでもない感じがよく出ていた。彼が、山城の描いた清田の似顔絵を見るところではじんときてしまった。

 

character-movie.jp

映画「Mr.ノーバディ」を見る(感想)

Mr.ノーバディ  NOBODY
2021年 アメリカ 92分
監督:イリヤ・ナイシュラー
出演:ハッチ・マンセル(ボブ・オデンカーク)、ベッカ・マンセル(ハッチの妻。コニー・ニールセン)、ブレイク・マンセル(ハッチの息子。ゲイジ・マンロー)、アビー・マンセル(ハッチの娘。ペイスリー・カドラス)、デヴィッド・マンセル(ハッチの父。クリストファー・ロイド)、ハリー・マンセル(ハッチの弟。RZA)、エディ・ウィリアムズ(工場主。ベッカの父。マイケル・アイアンサイド)、チャーリー・ウィリアムズ(ベッカの弟。ビリー・マクレラン)、理髪師(コリン・サーモン)、ユリアン(アレクセイ・セレブリャコフ)、パヴェル(アラヤ・メンゲシャ)

★映画の内容やあらすじを書いています! 設定とか知らずにこれから見たい人は注意!★

 

地味なおじさんが切れて大暴れする映画と聞いて見に行く。(似たようなタイトルの映画、マカロニ・ウエスタンは「ミスター・ノーボディ」(1974)、カンフー・コメディは「Mr.ノーボディ」(1979)である。)
職場の工場と家を往復する毎日を過ごす中年の男ハッチ・マンセル。月曜から金曜まで代わり映えのない一週間が細切れに紹介される。毎週ゴミ出しが間に合わず、妻のベッカにまた出せなかったのねとなじられ、ティーンエイジャーの息子ブレイクからはバカにされ無視される日々。幼い娘のアビーは、まだなにかにつけて寄ってきてくれるが、この子もいずれパパを嫌うようになるんだろうなということが容易に想像できて、見ている方も切ない気分になる。
ある夜、素人の若いカップル強盗がマンセル家に侵入する。ハッチは、ゴルフクラブを手にするが(ゴルフのことはよくわからないが殴られて痛そうなドライバーじゃなくてパター(というもの?)だったと思う)、強盗に迫られて家にあったわずかばかりの現金と腕時計を渡す。ブレイクが果敢に男の強盗にとびつき、その隙に女の強盗を殴り倒す機会を得るが、結局手は出さず、警察がやってきて、強盗には逃げられ、ブレイクの父に対する評価はさらに下がる。
ところが、強盗がアビーが大事にしていた猫のブレスレットも盗っていったらしいと知るや、ハッチはぶちきれる。ハッチは、強盗の女の腕にあった刺青の図柄から彼らの家を見つけ出し、殴り込む。その帰りに居合わせた地下鉄の不埒な若者たちにもぶちきれて1対6の大乱闘を繰り広げて相手全員瀕死の状態に陥らせる。ところが、その中の一人がロシアン・マフィアのボス、ユリアンの弟だったからさあ大変!というお話。
ハッチは実はとんでもない経歴の持ち主である。ついに堪忍袋の緒が切れたとはいえ、いくらなんでもただのおじさんにこんなことはできないだろうという、至ってまっとうな判断からこうなったのだろうが、能ある鷹は爪を隠しまくっていたのだ。軍隊では会計係だったということで、「本物の」兵士だったベッカの弟チャーリーにバカにされていたが、この「会計係」こそ恐ろしい任務を負ったエージェントなのだった。
「96時間」では、元CIA秘密工作員リーアム・ニーソンが娘を誘拐されて奮起したが、こちらのきっかけは娘の猫のブレスレット、小さい女の子が好きなファンシーグッズだ。ユリアンに家族ともども自宅で襲撃されてさらに怒り爆発、戦いはどんどんエスカレートして壮絶さを増し、めちゃくちゃになっていく。敵役のユリアンのいかれぶりもいい。
ハッチの怒り(覚醒)のきっかけは家族絡みだが、よくある「愛する人を守るため」という言い訳などどうでもいいようなめちゃくちゃさは豪快で壮快である。
老人ホームにいてテレビで西部劇ばかり見ていた老父(クリストファー・ロイドが楽し気に演じている)と、平凡な生活を続けているハッチを常々気にかけていた弟も実はその道の人たちで、かれらも正義というより身内のために手を貸す。
ハッチが身の上話を始めると話途中で相手が死んでしまったり(2回ある)、高飛車な態度の隣人が自慢していた車を盗んだり、老父がいつも西部劇を見ていることも銃声面で役に立ったり、ベッカの父である社主(演じるのは「スキャナーズ」のアイアンサイド)にかねてより買い取りたいと持ち掛けていたが金額で折り合いがつかないでいた会社を隠し持っていた金塊で買い取って、工場をユリアンとの最終決戦の場としたりなど、細部で筋が通って気が利いているところがいろいろ見られる。
あれだけのことをしておきながら、ラストはあっさり妻と新しい家探しをしている能天気さもまたよしという感じだ。